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罪人に与える鉄槌
「なに、これ……?」
答える人なんていないけど、言わずにいられない。玄関先の壁には奇妙なものが貼り付けられていたから――何かゴム製のすごく小さな袋に何かの水が入ったものが、テープで貼りつけられていた。
何これ? 苛立ち紛れに剥がしたら、中に入っていたものがちょっと手にかかって――え、何これ?
不快な臭いと、べたべたする感触。
「…………っ!?」
思わず、袋をその場に落としてしまった。
本能的にわかった。
私は、触っちゃいけないものに触ってる。こんなの普通は壁に貼り付けられてないものなんだ、って。
同時に、触った手がすごく汚いもののように思えて、急いで手を洗いに戻った。洗っても洗っても、汚れが取れないみたいに思って。
わけわかんない、なんで変なことされてるの? あんなの、普通につくものじゃないよね? まさか、ネットで騒いでた“鉄槌”ってこういうことなの?
正義の鉄槌って……
『ね、見た、今の?』
『うん……、』
『すっごい慌ててたね~、ああいうのわかるんだね、尾崎エロ~』
『あ、あの、あれって、』
『いいのいいの、あれくらいがちょうどいいって!』
……聞こえてきた声は、さっき下校前に聞いたのと同じ声で。楽しそうな声と、戸惑いながらも止めてはくれない声。
気持ちよかったろうね、正義の味方になったつもりなのか、遠ざかる声はとても楽しそうだった。でも、“悪”には、居場所なんて許されないの?
今日は何もしなかったのに、黙って目立たないようにしてたのに、何がそんなに気に障ったの……!?
わからない、わからない。
わからないことが、怖い。
どうしたらよかったの?
どうすれば許されるの?
頭を抱えて震えていても仕方ないのはわかってる。けど、頭から手を離したままだと、ずっと笑い声が聞こえるような気がするから……。
その日は食欲も全然わかなくて、次の朝もなんとなくご飯を食べる気分じゃなかった。誰とも話す気になれず、もちろん家族にだって言えない日々が続いた。
学校に向かう道も、歩いているだけだといつも通りに感じるのに、そんなことはもうなくて。
『綾、おはよう』
久しぶりにひとりでいるところを見かけても、もうそんな声すらかけられない。何をしても誰かに見られてSNSに晒し上げられる。何よりも、怯えた反応が返ってくるのが辛かった。
他の人だって容疑者にされて同じ苦しみを味わっているんだから――そんな言葉は、同じ経験をしてないから言えることなんだと思う。
でも、もう無理だった。
家族に手を出さないから金を出せとか、他にもいろいろ、誰にも言いたくないようなことをさせられたり……限界だった。
その日、何故か屋上に行く扉の鍵は開いていた。
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