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まずは女の身元を突き止めるのが先決である。
手がかりらしい手がかりは彫り物くらいのものなので、真弓は彫り師の筋から辿ろうとしていた。 へのへのもへじならともかく、あれだけ複雑な絵となると、彫り師といえども元となる図案がなければ同じものは描けないはずだ。左蔵の背中に虎を彫ったやつを探せば、おのずと土左衛門の素性もわかるというものである。
誰が彫ったのか、そいつはどこにいるのかと尋ねれば、左蔵は湯飲み片手に「わかりません」と申し訳なさそうに小さくなって答えた。曰く――
「ほ、本当です。取り締まりが厳しくなってきたってんで、表にゃ出て来られません。俺のを彫ったやつも今はどこにいるか。生きてんのかくたばっちまったのかもわかりません」
――らしい。
死体があがって三日、訳ありかどこの誰それが男と逃げたという話もでてこない。彫り師から辿るのも難しい。となると、あとは地道に知り合いを探してゆくのみである。夜一、左蔵、六助のあわせて六つの目が向けられるなか、真弓はのんびり口を開いた。
「紋紋入れたやつなんて、男なら掃いて捨てるほどいるが女はまぁ聞かねぇな。俺は見たことねぇよ」
男でなくてよかった。飛脚だの火消しだの彫り物入りの男は市中に溢れかえっている。石を投げれば当たる。虎の紋紋などなんの目印にもならない。
六助の淹れた茶をまたすすって一息つく。ようやく冷めてきたようだ。
「――いたとして玄人だ。まずは遊里に人をやる」
すでに弥彦たちが動き始めている。女にめっぽう弱い弥彦だけでは不安なので、一郎太もついているはずだ。
吉原の女じゃなかったらどうするんです、という夜一の声に、真弓は「湯屋に行く」と答えた。
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