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第五話
旗本磯松長衛の中間部屋で賭場が立つらしい、という話の出所は弥彦であった。正確に言えば、弥彦の御用聞きであった。会ったことはないが腕が立つことだけは奉行所でも有名な話で、すぐに磯松の下屋敷へ向かった。お天気能天気の弥彦だが、悪ぶっても抜け切らない育ちの良さが好かれるのか、一郎太にはじまり下の者につくづく恵まれている。
ここのところ親の仇のように躍起になって取り締まっている連中がいるらしく、いっときに比べると賭場の数は減り、規模も小さくなった。やくざも用心深くなっているなかでありがたい――というのはさすがに不謹慎かもしれないけれど。
「さぁ丁ないか。丁ないか、丁ないか!」
客を煽る中盆の威勢の良い声がこだまする。丸い顔に丸い目と丸い鼻がついた人のよさそうな男である。はぐれたやくざ者というよりは商人のようで、にこにこと人なつこい笑い顔で客を見渡している。
客入りは悪くない。親分の禿頭の五平はおらず、胴元は中盆とその向かい側に座った壺振り、壁際に立った出方らしい若い男が一人。
顔を隠すように、大臣被りにした手拭いの端を引っ張りながら真弓は下を向いた。頬杖をついて俯きがちに左を向き、右を向いて皆の顔を盗み見る。
客はざっと二十人くらい。若いのから真弓と同じ歳の頃の者まで幅広い。一際若く痩せた男は退屈そうに畳の目を数え、同じくらいの歳のやつは不安そうに巾着の中を覗いている。行灯の火が小さく、見えづらいなりに目を凝らしていると、一つ飛ばして隣にいた男がおもむろに立ち上がった。肩がぶつかったのか、そのまた隣の男が舌打ちをする音が聞こえた。
「丁半駒ぁ揃いやした――勝負!」
壺振りがツボを開き、皆が盆ござの上へ身を乗り出すように覗き込む。
「サブロクの半!」
現れた賽子の出目は、三と六の半。なんとはなしに丁に賭けていた真弓は、ああ、とか、くそう、とか声を漏らす客の間で一緒になって唸った。
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