66人が本棚に入れています
本棚に追加
話を聞いて回ったなかで、一番様子がおかしかったのがこの呉服屋の馬鹿息子であった。
話を聞かせてくれと言って家に上がった折にも、女房がべったりつきっきりで睨みをきかせている状態で、甚平はびくびくと怯えてばかり。これでは話など到底できない。
博打好きだという甚平がこの賭場に来るかどうかは、それこそ一か八かの賭けであったが、目論見はあたった。
「店の金ちょろまかして賽子してるって――」
「しっしていませんよ! そんなこと! す、す、するわけないじゃないですか!」
勢いよく首を振る甚平の姿に、真弓と夜一はきょとんとして顔を見合わせた。
その場しのぎの嘘をついている風ではない。
言われてみれば、店の金に手をつけるほどの度胸があるとも思えない気もする。出歯亀好きの番頭の考え過ぎだったのだろうか。
ともあれ、そうなると甚平を揺さぶるネタがない。話を聞き出すために握った弱味が弱味でもなんでもないとなると、ここまで来たのは無駄足ということになってしまう。
「じゃあなんで逃げようとしたんだよ」
「博打はもうやめるってカミさんに約束してんです。それにおよしのことも――」
そう言った瞬間、はっとして甚平は自分の口を覆い隠した。
馬鹿すぎて憎めない、と言った番頭の気持ちが真弓は少し分かる気がした。同じくかわいい馬鹿を飼っている身の上である。
最初のコメントを投稿しよう!