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第六話
「およしは水茶屋の娘です」
水茶屋とは名ばかりの岡場所で、奥の座敷では──だったそうだ。吉原の麗しき遊女とやりあう器量も金もないような男どもにはずいぶん重宝がられているのだと、甚平は拳を握り熱弁をふるったが、真弓にはいまひとつぴんとこなかった。
甚平はこの水茶屋へ、鬼ならぬ女房の目を盗んで通い、そこでおよしと出会った。
看板娘はおはるという若い娘で、ほとんどの客はおはる目当てであったという。甚平ももとはおはるを狙っていた。およしは歳もそこそこ、特別の器量良しというわけでもなかった。
「どこにでもいるふつうの娘という感じでした」
そのふつうが良かったのだと甚平は大きく頷いた。控えめで、よく笑い、甘味が好きで、鼻の周りのそばかすを気にするありふれた若い娘だからよかった。
三人は賭場の隣の部屋にいた。いつまでも廊下で立ち話をするわけにもいかず、ひとまずはと入った部屋の中は暗く、物置のようで、埃っぽいにおいが染み付いていた。壁越しににぎやかな中盆の声が聞こえてくる。
「だから驚きましたよ。急にあんなにでっけぇ紋紋入れてくるなんて」
「店も驚いただろう」
「いや、黙っていてくれと言ってたから、知らねぇんじゃないかな」
女の園で日々しのぎを削る花魁達ならまだしも、ふつうの、ごくごくふつうの水茶屋の女ならば、体の裏一面におどろおどろしい彫り物を入れようとなどなかなか考えないのではないか。聞けば聞くほど真弓の思い描いていた女の姿とおよしはまるで別人のように異なる。
楓川の土左衛門とおよしは、本当に同じ女なのだろうか。
「あたしだって、違うと思いたいですけど……し、死んじまったなんて……」甚平は困ったように眉毛を下げた。「でも、あの虎はおよしの紋紋だ。間違いねぇ」
だから、あの日甚平は湯屋で思わず立ち止まったのだ。可愛いおよしと揃いの紋紋を入れた男を見てぴんときた。およしが彫り物をしたのはこの男のために違いない。それで怒りと悲しみを覚え、あんな変な顔をしていたのだろう。
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