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我関せずと土左衛門の傍らで中腰になっていた一郎太が、首を伸ばしてなにやら女の体をまじまし覗き込んでいる。
なんだなんだと近づいて、三人揃って囲んでみると、一郎太は「ここ」と首筋のあたりを指差した。
ゆるんだ白装束の襟元からわずかに覗くそれを目にしたとき、真弓は川藻か何かかと思った。けれどよくよく見ればどうも違う。藻などよりも、もっと精密で、鮮やかで──屈んで顔を近付けたとき、ようやくその正体がわかった。
彫り物だ。
首の根っこから、恐らく背中にかけて紋紋が彫られている。
「お前ら手伝ってくれ」
仰向けの骸を三人がかりでひっくり返す。濡れて張り付いた白装束の向こう側にそれはもう透けて見えていた。だらんと力の抜けた腕を袖から丁寧に抜き取り、背中を露わになった瞬間、真弓たちはあっと声を出して腰が抜けるほど驚いた。
首の下から始まって、背中に腰、尻、腿の裏と一面を埋め尽くすのはおびただしい数の紋紋である。蛇に龍に般若の面に、ひときわ目立つのは背中の真ん中にある巨大な虎。炎の中で大きく口を開き、鋭い牙を剥き出しにしている。恐ろしくも躍動感のある生き生きとしたその虎は、今にも飛び出して襲い掛かってきそうなほどであった。彫り物など珍しくもないが、隙間という隙間をすべて埋め尽くすような常軌を逸した数であり、もはや狂気を感じるそのすさまじい有様に執念に執着に、背筋がなんだか空寒くなる。
なにより、たおやかな白い背にはあまりにも似つかわしくないその虎を目にしたのは、これが初めてではなかった。
「面倒臭いことになりましたね」
一郎太の視線の先を追いかけて、真弓は彼が「面倒臭い」と言った理由を目の当たりにする。
衣を引っ張り剥がしたおかげで、土左衛門の細い手首が露わになり、そこにはきつく何重にも赤い紐が巻きつけられていた。上等な腰紐のように見える。紐の先は無残にちぎれて女の肌にはいついているが、元は結びついていたのだろう。
結びつけられた先が何であったかを真弓たちはよく知っている。ついこの間も赤い紐で結ばれあったふたりを引っ張りあげたばかりだ。
相対死である。
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