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疲れきった脚がほぐされて行くにつれ、気持ち良さに真弓は息を吐いた。左蔵の按摩の腕前は江戸一。いや、天下一品である。力加減が絶妙で、また、掌が大きく指が太く、体温が高いこともあってなおさらである。火が上手につけられないくらいなんだ。得意なことがひとつあればよいではないか。
猪口代わりの茶碗に注いだ酒で喉を潤して、生ぬるい風が吹き込む部屋で脚を伸ばし、跪いた左蔵を見下ろす。黙々と脹脛のあたりを指で押している。一言も喋らない。話しかければ返事はするが、左蔵のほうから声をかけてくることはあまりなかった。
「――今日は一日何をしてたんだ」
「はいっ、今日はずいぶん早くに起きましたんで、市中を――」左蔵がしまった、という顔をしたのを真弓は見逃さなかった。「……うろうろと…………」
案の定、休んでなどいなかったらしい。休めと言われたら休め。何度も言って聞かせたことだが何度言ってもわからないのが左蔵である。
「そうか」とため息を吐くだけに留めた。
「……新場橋のあたりが騒がしかったようですが」と、おずおずと小さな声で言う左蔵の顔は、下を向いていてよくわからなかった。「何か出ましたか」
木偶と言えども御用聞きの端くれ。町方が拾いきれないこまごまとしたことにまで目を行き届かせるのが左蔵たち御用聞きの役割で、驚くほど鼻がきく。どこそこの何某が出奔したらしい。誰それの娘に見合い話が来ているらしい。なになにという番頭が帳簿をちょろまかしているらしい――ぎょっとするほど耳ざとく、その場にいたわけでもないだろうに楓川でのことももう把握している。よもやあの黒山のなかに紛れ込んでいたのではあるまいか。
内心舌をまきながら、真弓は一通り説明をした。
楓川から若い女の死体があがったこと。
その手首に赤い紐がくくられていて、しかし連れ合いは見つからなかったこと。
女の背中に大きな紋紋が入っていたこと──。
「派手な紋紋でな」
「左様ですか」
「虎なんだが」
「へぇ!」
「お前の背中のやつとまるっきり一緒なんだよ」
なにか知らないか、と努めてなんでもない顔をして言う。
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