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呼びかけに面を上げた男は、異人のような顔立ちをしていた。
「異人のような」と言うが真弓は異人を見たことがない。付き合いの長い、蘭学に傾倒している藪医者の受け売りである。
左蔵は自分の父親も母親も知らない見たことがないという。ともすれば、本当に遠い異国の血が流れているのかもしれない。
目は大きく、鼻は高く、彫りは深く、左蔵とくらべると、真弓は自分の顔がつるんとしてのっぺらぼうのようだなぁと思う。立ち上がれば六尺を超える大男で、どれだけ人がごった返したなかでも、頭二つ抜けているのでこれが大変探しやすい。
行灯の心許ないあかりに照らされた、凛々しい眉に、すっと鼻筋の通った男前。眼はよくよく目を凝らしてみると色が薄く灰がかっていて、月代は剃られてから一日二日経った頃合いか、少し伸びている。同じ貸長屋に住まうおゆきも、おさとも、齢六十を過ぎたおまつさんも、人懐こい左蔵が井戸端に立つといそいそやってくる。きゃいきゃいと――おまつもすっかり娘のような顔になり――肩を叩いて腕に触れるのだ。
左蔵は灰の目を瞬かせて、
「いいえ、知りません」
低い声がはっきりと言いきった。迷いのなさがわざとらしいと思うのは考え過ぎか。さすがに穿った見方だろうか。
――いやいや、なんでもかんでも疑ってかかるのはよくねぇよ。
左蔵があの土左衛門の相対死の相手だと思っている――わけではない。検屍は終わっていないが、死んでから二、三日は経っていそうな有様の土左衛門だった。今朝方も今も姿を見ているので生きているのは間違いない。
では、心中でなかったとしたらどうですか、とは夜一の言葉である。
痴情がもつれにもつれたはてに、相対死のように見せかけて、突き落とし、何食わぬ顔をして長屋に戻ってきていたらどうですか。変でしょう。だって、まったく同じ彫り物なんですよ――。
詰め寄る夜一の険しい顔を、頭を振って追い払う。仲間同士で疑いあっていてはなにもできない。こんな時こそ助け合わなければ。
「……脚」
「はい?」
「脚!」
「えっ!」
痛ぇ! と叫べば、左蔵はぱっと手を離した。そのままの勢いで後ろに倒れる男にかける言葉が見つからず、真弓は再びため息をついた。
伸ばした左足の裏っかわ、馬鹿力によって押されすぎた脹脛は、じんじんと鈍く痛んでいる。
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