第三話

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「だって、おかしいでしょう」と、夜一は瞼を閉じたまま言った。「全く同じですよ」  左蔵は何も言わず、六助は湯呑みを差し出し、真弓は差し出された湯呑みを受け取った。熱かった。  左蔵に言いつけたのは川のどぶさらいである。紋紋の女の連れ合いか、そうでなくとも何か手がかりになるようなものがないか探してこいと言い渡した。  一方の夜一には川沿いに住まう人々から話を聞くよう頼んでいた。頼んでいたのだが、実際には話を聞いたのは何軒かだけ。あとは左蔵を尾けて見張っていたらしい。  真弓に進言したときから変わらず夜一は左蔵を疑い続けていたのだ。同じ彫り物が入っているということを理由に──。  それが三日目にしてばれた。なんのつもりかと問われ、答えずにいると殴られて、殴り返して取っ組み合いになったのだという。 「だから、たまたまだって言ってるだろう」左蔵は切れた唇の端に指先を当て、血が止まっていることを確認しながら言う。「俺のことが気に入らねぇだけのくせに……」  夜一の血管の切れる音が聞こえた気がした。  夜一と左蔵は水と油だ。手先が器用で如才なく、ちゃきちゃきしている夜一に対し、左蔵は鈍くさくて、のろまで、だいたいがぼんやりしている。同じところをみつけるほうが難しい。男である、ということくらいのものかもしれない。  その人形のように綺麗な顔がぐしゃりと歪み、まずい、と思ったときにはもう立ち上がっていた。 「気に入らねぇだぁ? ああ気に入らねぇよ! お前みてぇなグズでのろまな木偶の坊、見てるだけで苛々するぜ!」 「な――っお、俺だって、お前みてぇな、お前みてぇなー……そ、そのー……」 「言いてぇことがあんならはっきり言ったらどうだ!」 「だ、だから」 「ああ!? あんだって!? もじもじウダウダしやがって背中が痒くなるってんだこのウスノロ――」 「やめろ!」  一喝すると、途端にふたりは黙り込んだ。今にも摑みかからんばかりに睨み合う二匹に頭が痛くなる。  夜一は抜群に人当たりがいいのに左蔵にだけは露骨に感じが悪く素っ気ない。口を開けば罵詈雑言。前世の因縁か呪いかと奉行所内ではもっぱらの噂だ。左蔵のほうは別に夜一のことを進んで嫌ってはいないようなのだが、どれだけ左蔵がおだやかなたちだと言っても、顔を合わせるたびに噛み付かれれば気分が悪い。けれど口八丁の夜一に対し、争い事の苦手な、口下手の左蔵はいかんせん分が悪い。いつも言い負かされっぱなしで今日も軍配は夜一にあがった。 「わからねぇのは……」と、場の空気を取りなすようにゆっくりと喋り始めたのは、それまで黙って聞いていた六助だった。 「旦那がたが、一体何のために躍起になっているのかってことです。よっぽどの変わり者じゃなきゃ、紐くくり付けてんなら心中でしょう。なんかの拍子にちぎれちまって片方は流されたんだ」 「流されたかもしれねぇが、そうじゃないかもしれねぇ」本当は殺されたのかもしれねぇ、とは真弓は言わずにおいた。「息ふきかえして、今更おっかなくなって逃げ出してやがったらどうする」 「どうするもこうするも……。手前で勝手に死のうとしてしくじっただけなんだから。あたしにはよくわからんのですが、もし仮に、仮にですよ、左蔵が心中の相手だったとしてなんだって言うんです」
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