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不思議そうな顔をする恵比寿様に、真弓は「そいつは下手人だ」ときっぱり言った。
それでもやっぱり六助は得心したふうもなく、いっそうわけがわからないといった様子で首を傾げる。それでようやく気がついた。もしや六助はまだ御触書を知らないのかもしれない。
「六さん、待ってくれ、町触が出ただろう」
「いやはやぐうたらの大家で困ります」
「大家はあんたじゃねぇか……」
ほがらかに笑う六助に気が遠くなる。
町触が出れば御触帳に書き写し、大家から店子に伝達することが決まっている。大家であるところの六助が知らないとなると、住人も皆町触を知らないということだ。
──ことを重く見た幕府が相対死を禁じ、相対死に関わるような書物、浄瑠璃、軒並み禁じられたのはまだ記憶に新しい。
処罰も重い。
相対死に及んだ男女の死体は取り捨てられ、葬いは許さず、一方が死にぞこなった際には下手人とし、男女共に死にぞこなった際には晒した上で非人手下――そういう風に決められたと説明してはじめて、六助はへぇと頷いた。頷いたが、納得はしていないようだった。
「手前で勝手にと言うが、勝手に死なれちゃ困るんだよ。生きるも死ぬも御上の決めることだぜ」
一頻り説明をして、湯呑みに口をつけようとして、しかし熱さに眉をしかめて口を離す。とても飲めたものではない。
話を頭の中で噛み砕いているのか、はぁ、とすこしぼんやりしながら六助は頷いた。その脇で、左蔵はいつになく真剣な顔でしばし黙り込み、
「……ともかく、ともかく、俺はそんな女のことは、見たことも聞いたこともないんです。本当です。一緒になって調べさせてください。後を尾けてくるなら同じでしょ」
見張っていればいい、と憮然とした声で続けた。雨に濡れた犬のような目でこちらをじっと見つめている。六助は黙っている。夜一も黙っている。真弓は――
「――わかった」
お前もやれ、と答えた。甘やかしているかなぁと思いながら。
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