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「大丈夫ですよ」
そう言う老先生の優しい声が、木漏れ日のように私の肩に掛かりました。
ふと傍らの空気が動き、杖を突く音が離れて行きます。
私は顔を上げられないままでいました。すると、その俯いた視界に、少し足早な足音とともに彼の顔が覗き込みました。
「だい、…… じょうぶ、じゃないな?」
私はびっくりしてしまいましたが、自分の顔を思い出して両手で押さえました。
「ごめん、そこで老先生が、君が困っているからと言って… 自分では、傍にはいられないからって…」
慌てた彼の言葉に、私は納得しました。
自分が理由で泣いている女の子の傍には、老先生はいられないでしょう。
きっと、老先生ならば私を慰めるいくつもの言葉をお持ちでいて、私に告げることができた… しかし、いまの私には、老先生からはその言葉を受け取ることはできないだろうと、想ってくださったのです。
どんな形となっても、暖かさを渡してくれる老先生が、私は好きでした。
もう一度、胸の痛みを感じると、指の間を伝って涙が落ちていきそうでした。
すると、覚えのある感覚が頭を撫でます。老先生よりは少し雑ですが、それは慰めよりも激励の気持ちがありました。
「隣にいるから。落ち着くまで、ここにいるから」
何も聞かずに、彼は。
傍らの空気が動いて、少しだけベンチが沈み、その重みを私に伝えます。
今しばらく、私の涙は枯れることはないでしょう。
けれど、この涙に果てがあることもまた、私は知っているはずです。
エメラルドの木漏れ日は、いまは少し、私には明るすぎますが……
涙が空けたとき、私はきっと、その光の中に彼を見つけられる気がしているのです。
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