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授業が終わり、友だちが手を合わせながら私へ声を掛けました。
「ごめん、さっき大丈夫だった?」
「うん、大丈夫。 それより、さっきの話しはどういうことなの?」
未開封だったメッセージを開きながら、私は彼女の話を聞きました。
どうやら、『彼』の写真は同学年の女の子たちの間で広まっているようなのです。
そうして誰もが校章の色に気付き、この広い学校のどこかに『彼』が歩いているのではないか、と探しているというのです。
人を探すなら、もっと大々的に銘打って写真を掲げてしまえばいいと、人は思うことでしょう。
しかし私たちの心は、小さな輪の中に私たちだけが知っている宝石を持つような、そこに綺麗なものがあることを私たちだけが知っているような、特別で密やかな謎を持つことに淡い楽しみを見るのです。
桜色の唇の前に人差し指を立て、ひみつ、と唱える魔法は、閉ざされた学校という中にあり、いっそう魅惑的に響きました。
もしかしたら友だちも、友だちへ教えてくれた子たちも、『彼』自身ではなく、その秘密に恋をしていたのかもしれません。
けれど、私は、たしかにその秘密の遊びにも強く心を惹かれましたが、それ以上に『彼』に焦がれたのです。
写真ではない『彼』に会ってみたい。会って、話を、声を、仕草の一つ一つをたしかめたい…
中庭で『彼』の姿を見たという話を聞いてから、私はたびたび旧校舎の中庭へ通うようになりました。
旧校舎はレンガ造りの古い建物が残り、長い風雨に晒された赤茶の石の上を緑のレースが、柔らかに陽光を受け止めています。
中庭は英国庭園を模していて、春も真っ盛りなこの時期は、徐々に緑の中に色とりどりの薔薇が淡い香りとともに揺れ始めていました。
新校舎と違う、湿った土と花の香り。
私は旧校舎が好きです。
とくに、この中庭のエメラルドの木漏れ日が降る木製のベンチは、お気に入りの場所でした。
『彼』もここで、ベンチに座って薔薇の庭園を眺めたのでしょうか。
そう思うと、いっそうこの風景に愛おしさを感じるのです。
そろそろ教室に戻ろうとベンチから立ち上がったときでした。
正面に続く薔薇のアーチの向こうを、誰かの影がさしかかりました。一瞬、『彼』が来たのかと心臓が跳ねかけましたが、足音にもう一つの音が聞こえ、すぐに誰なのかが分かりました。
「老先生」
私が声を掛けると、アーチから覗いた穏やかな顔が小さく驚き、やがてにこりと笑いました。
「やあ、こんにちわ、お嬢さん」
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