9人が本棚に入れています
本棚に追加
象牙色のハリスツイードのツーピースに、明るいグレーのジレベスト。皺の無いシャツに濃い緑のネクタイがよく映えています。
ヘリンボーンのジャケットが似合うこのご老人は、私たち学生の間では「おじいちゃん先生」と呼ばれて人気者です。
いつも背筋がしゃんと伸びていますが、杖を突いているのは片足が少しお悪いようだからです。
「お嬢さんも日向ぼっこですか?」
「はい。 今日も良い天気で日向ぼっこ日和です」
私がそう答えると、老先生はにこりと笑って頷きました。
綺麗に色の落ちた銀髪、皺を刻んでいるものの目じりの皺は笑顔に沿っています。私は、老先生の笑顔を見るのが大好きでした。
自分のことを真っ直ぐ見て微笑んでくれる人は、家族のほかに多くはありません。
老先生はいつも学生に対して丁寧な所作で話しかけてくださいます。
授業の始まりは、こうです。
「さて、淑女諸君。 授業を始めますよ」
なお、男子クラスでは「紳士諸君」となるようです。
私がじっと老先生を見上げていると、老先生は自分のお顔を片手で撫でながら、小さく頭を傾げました。
「失礼、なにか顔に付いていますか?」
「ああ、いいえ。 先生のお顔はいつも優しく笑っているなと思って…」
失礼しました、と私が謝ると、やはり老先生は柔らかに笑って「そうでしたか」と頷きます。
老先生の骨ばった指先が、手にした杖をゆっくりと撫でるのが見えました。それは長年の相棒に対する労いのようにも見えました。
「いつも楽しいことばかりを考えていますからね」
老先生はそう言って少しいたずらめいた笑みを見せます。きっと、本当に老先生の頭の中は楽しくて明るいことがたくさん駆け巡っているのでしょう。
それでは、また。と、老先生は会釈をして踵を返しました。
少し左に傾いた綺麗なツイードの背中を見送り、私もまた新校舎の方へと歩き始めました。
最初のコメントを投稿しよう!