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ぱしゃり。
ハッと我に返った時には、指が勝手にシャッターを切っていた。覗く景色が一度瞬いて、二度と訪れることはない瞬間を切り取る。愛用のインスタントカメラからは、たった今見ていた景色が静かに吐き出された。
小さな紙切れに印刷された目の前の景色と、現実の光景を見比べる。どちらも言葉では表現し難い美しさをそこに演出していた。
だが、その光景は単に美しいわけでもなかった。故に、これは映えるからと気まぐれで撮った写真ではない。
ファインダー越しに見える光景が、あまりに神秘的で見慣れないものだったからだ。何の変哲もない平凡な日常に生きている僕には、あまり想像がつかないことが目の前で起こっていたから、こうして無意識にシャッターを切ったのだ。
視線の先には、一人の少女が居た。
パチパチと、白魚のような手の先で何かが燃えている。鼓動するように小さな炎が橙色を膨らませては萎み、少女が持つ何かを時間をかけて焼いていく。彼女の足元に落ちたマッチが、おそらくあれに火を点けたのだろう。少女の視線は、じっと手先の紙切れのようなものに注がれていた。ガラス玉のようなその瞳も、炎の茜色が散る端正な横顔も、靡く濡羽色の髪も、手先で何かを燃やすその姿だって、御伽噺から飛び出してきたような光景にしか思えなかった。
僕の視線は彼女に向いたまま、どこへもいけなくなっていた。
彼女に目を奪われたまま、ゆっくりと愛用のインスタントカメラを下ろす。さすがにシャッター音が聞こえていたのか、それまでこちらに微塵も興味を示さなかった少女がゆるりと振り返った。
あぁ、どうしよう。
つい先ほどまでは、見慣れないこの瞬間を僕の手で撮影したいという気持ちでカメラを構えていたのに、今はこのカメラを一刻も早くどこかへ隠したかった。写真を撮影したことをなかったことにしたかった。
盗撮。ストーカー。犯罪。
そんな単語が脳内を巡っては、頭の辺りからスッと冷えていくのを感じた。
「あ、あの……すみません、いきなり撮ってしまって……!でも、盗撮とかそんなんじゃなくて、その……!」
言い訳がましいにも程がある。これでは余計に不審者に見られてしまうだろう。そうは分かっていても、弁解するしかなかった。
受験を控えた高校三年生に、問題行動という文字はよく効く。目先の少女に通報でもされたら、僕の未来は真っ暗だ。
「……別に気にしてないわ」
「ほ、ほんとに?」
凛とした声に半信半疑で尋ねると、少女は一度首肯してから腰まで伸びた長い髪を靡かせて僕に向き直った。彼女の手に握られた紙は、チリチリと黒い煤を吐き出して花弁のように散っていく。
「……それ、何してるの?」
僕は思わず、彼女が手に握っている燃えた紙を指さした。初対面なうえに唐突に質問をする不審者に返答してくれるかどうかは分からないが、どうしてもそれが気にかかった。
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