写真を燃やす少女

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「写真を燃やしているのよ」 「え、写真?」 「そう。前に父が撮ってくれた写真。そうね、高校の入学式の時の写真ね」  じわりと侵食していく炎が指を焼く前に、彼女はその紙――写真をふと手放した。綿毛のようにふわりと舞ったそれは、僅かの間だけ世界を揺蕩う。そして、まるでそこには何もなかったかのように、解き放たれた写真は黒い塵となって夕焼け空に溶けていった。 「なんでまた、そんなこと……」  純粋に生まれた疑問をそのままぶつけてみれば、彼女はどこか憂いげな瞳で遠くの夕陽を見つめた。 「写真はね、その人の人生を閉じ込めたものよ。いわば、その人がその時その場所にいた証。魂の写しとも呼べるわね」  いきなり難しいことを言うんだな。僕は神秘的な雰囲気を纏う彼女を、ただ見つめて話を聞いていた。 「写真には、きっといろいろな人の思いが込められている。愛情、憧憬、羨望。もちろん負の感情や疚しい感情を込めて撮る写真もあるでしょうね。例えば、あなたがさっき言っていた盗撮とかストーカーとか」と、形のいい唇がそう紡いだ。 「僕はそのつもりで撮ったわけじゃないからね……?」 「分かっているわ。あなた、犯罪とかに手を染められなさそうな顔してるもの」  しつこいくらいに念押しすれば、彼女がどこか困ったように眉を下げた。それほど表情が変化していないのにも関わらず、それは絵に描いたように美麗なもので、胸の辺りがドクリと跳ねたような気がした。 「あなたは、何で私に写真を燃やすのかって聞いたわよね?答えは簡単よ。写真が嫌いだから」 「そう、なんだ……」  直球な言葉に、頭がくらりと揺れた。別に自分を否定されたわけではなかったが、どうにもその言葉は僕を傷つけた。 「……ごめんなさい、あなたを傷つけるつもりじゃなかったの」  顔に出ていたのか、彼女は申し訳なさそうな声で目を逸らした。 「ううん、大丈夫。好き嫌いは人それぞれだし……」 「ごめんなさい。少し語弊があったわね。写真が嫌いというよりは、が嫌いなのかもしれないわ」  彼女は再び沈みゆく夕陽に視線を送ると、スカートを綺麗に整えてから段差に腰掛けた。 「写真の中の私は、どれも本物じゃないみたいだった。いつ見ても気味の悪い作り笑いを浮かべていて、笑う事以外を禁じられた人形みたい。そんな私を見るのが、私はたまらなく嫌だった」 「カメラが向くと、無意識に笑顔を浮かべるってこと?」 「いえ、そうじゃないわ。そういう時もあるけれど、どちらかと言えばカメラを向けた側が笑ってとしつこく言うのよ。不機嫌そうな顔をしていれば、いい写真にならないと残念そうに言うわ」  彼女はひどく悲しげに俯いた。  その言葉には思い当たる節があった。  幼い頃、父の影響でカメラに目覚めた僕も、母にそう言ったことがある。  お母さんもっと笑って。  笑顔じゃないと嫌だ。  こうしないと上手く撮れないよ。  幼い故に、相手のことを深く考えることもなく、我儘ばかりをぶつけていた。今となってはそれが思慮に欠けた言葉であり、相手を不快にさせてしまうかもしれないということはよく理解できる。母にも散々注意された。  写真を撮る側は、撮られる側のことを常に考えてなければならない。相手を思いやる気持ちだけは、忘れてはならないと。 「みんな、『もっと笑って』、『もっとこうして』って条件ばかり。こちらのことは何も気にしていないのよ。……結局、自分の評価に繋がることしか考えていないのね」  またも心臓が跳ねた。  彼女の言葉は、僕によく刺さる。それはきっと、自分と重なる点が多いからなのだろう。身に覚えがありすぎる。
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