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季節が巡り、日が短くなってきた。放課後に長く残って夕陽を撮る機会も減り、教室でぼんやりとすることが増えた。
あれからというもの、僕は毎日のように咲坂さんに写真を手渡している。あまり見られたくないからと写真を燃やす現場には立ち会わないが、彼女は僕が不必要とした写真を貰っては燃やしてくれているらしい。写真が大好きな僕であるのに、写真を燃やすその行為は驚くほど心を軽くしてくれた。
見られずにただ部屋に埋もれていくくらいなら、誰かの目に入ってから跡形もなく消えるのが丁度いい。止まったままの時が幾つあっても、僕の心は満たされない。いつしか唯一無二の瞬間に、心からの魅力を感じなくなってしまったのだから。
「随分と沈んだ様子ね」
世界が黄昏に染まりつつある頃、もう校舎内には人はほとんど残っていないと思っていた。だが、彼女は余程の物好きのようで、また僕に声をかけてきた。
「……うん、ちょっとね」
カメラを抱えたまま、僕は窓枠に凭れ掛かった。通学鞄を肩にかけた彼女は、普段通りの無表情で立っていた。
「写真撮るの、そろそろやめようかなって思ったんだ」
「……」
最近悩んでいたことを掠れた声で告げても、咲坂さんから返事は返ってこなかった。ただ、僕と一定の距離を置いたまま佇んでいる。
「受験勉強と並行するのがきつくなったっていうのもあるけど、なんだか疲れちゃって。この半年間、君のお蔭でどこか気持ちは楽になったけれど、いつしか写真を撮る意味を見失っちゃって……丁度いいし、そろそろキリにしようと思うんだ」
刻一刻と眠りについていく太陽を背に、僕はニヒルに微笑んだ。愛用のカメラをただのガラクタとしてしまうのは勿体ない気もしたが、これでいい。
多くの人に見られないまま趣味を続けられる人間なんて、ごく僅かしかいない。僕はそんなに強い人間じゃない。
「ごめんね、咲坂さん。利用しただけみたいになっちゃって。でも、君もこれで僕の面白くもなんともない退屈な写真なんか見なくて済む――」
その時だった。
カッと弾けた足音と、知らぬ間に大きく揺れた視界。気が付いた時には彼女の顔が目の前にあって、胸倉を掴まれたのだと遅れて理解した。
「……私の好きなものを、それ以上侮辱しないで」
見た事のない表情だった。冷静で穏やかな彼女からは想像できないほど鋭利な眼光で、怒りと悲しみをぐちゃぐちゃに混ぜたような顔をしていた。
咲坂さんは僕からそっと手を離すと、徐に鞄に手を突っ込んだ。そして何かを掴むと、不意にその手で空中にぶちまけた。
「あ……」
それを、僕は誰よりも知っていた。
彼女が大量にばらまいたそれは、今まで僕が撮影した写真だった。朝早く起きて撮った霧がかった校舎、部活動に明け暮れる生徒の必死の表情、あの日撮影した花壇の花。
そして、僕が初めて撮った咲坂さんの写真。
僕が切り取った一瞬の全てが、スローモーションのように落ちていく。紙吹雪のように舞うその写真の中で、咲坂さんは様々な色を吸収して僕を凝視している。
彼女を取り巻くその写真たちは、何故だか何よりも眩しく輝かしいものに見えた。
「燃やせなかったの。一枚たりとも。だって、あなたの撮る写真は、嘘がなくて淡い温もりを宿していたから」
床に落ちた写真に視線を落とし、咲坂さんが少し震えた声で言った。
「最初は燃やそうと思った。この写真も、今までのものと変わらないだろうって。……でも、あまりにあなたが楽しそうに写真を撮るから……この写真が、素直すぎるから、燃やせなかった」
「……」
「ねぇ、久世くん。大勢の人に評価されることってそんなに大切?」
咲坂さんが写真を拾い集めながら、凛とした声で問う。僕はカメラを持ったまま立ち尽くし、言葉を紡ぐことはできなかった。
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