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誠吾さん、風邪引きますよ。起きてください。
自分ではそう言ったつもりだった。
だが、遥の口から出たのは「えお…あ、おお……あ…」と、意味の無い音だ。
何だ?
舌がちゃんと動かせない。
もう一度『誠吾さん』と愛する人の名前を呼ぼうと声を出す。
「え……おあ……」
やはり言葉にはならなかった。
「あ……え、あ……あ…ああ」
必死に言葉を出そうとする遥の声で誠吾は目覚めた。
遥の意識が戻って喜ぶ前に、呆然とした顔で自分の口を押さえる遥を目にしてただならぬ空気を察する。
「遥……。起きたのか。大丈夫か?」
「え……おあ…」
遥は声を出すと、慌てて再び口を押さえた。
以前のように言葉が話せなくなるかもしれないとは聞いていたが、実際に話せなくなった遥を見て誠吾は息を飲む。
「遥、大丈夫だ。傷の影響で話せなくなってるだけだから。リハビリすればよくなるから……な?」
「あ……う…」
誠吾は遥をぎゅっと抱き締めて「大丈夫、大丈夫だ」と繰り返した。
それは自分にも言い聞かせるように。
大丈夫、きっと良くなる。
また元通りになるはずだからと……。
遥の傷自体の治りは早く、体の具合は良くなっても言葉の方は相変わらずだった。
言語療法士によるリハビリが毎日行われているが、それは相当きつく、遥は泣きながらリハビリに耐える日々を過ごしていた。
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