第2話 正義を穿つ、一閃の大義

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第2話 正義を穿つ、一閃の大義

 不動猛征首相が座する「官邸」を中心に、この東京はすでに除染が困難とされるほどの放射能汚染に晒されている。だが、政治機能は麻痺し、ライフラインは崩壊し、人心は荒廃しているというのに、重税だけは変わらない。  そんな世情の中、核戦争を契機に発展した「兵器」だけが有り余っているこの時代だからこそ。第2次大戦以来、戦争を忌み嫌っていたはずの日本人同士での内戦が始まってしまったのである。  社会福祉の一切を放棄すれば、こうなることは誰の目にも明らかであったはず。かつて大敗を招いた軍事国家への逆行に繋がると、誰もが理解していたはず。  にも拘らず不動猛征は、この混迷の時代においてもなお、圧政を敷いている。その意図が何であるか、外側にいる人間達には知る由もない。だが、知ろうが知るまいが、納得などできるはずもない。  不動猛征が実権を握り10年。この国の人口はすでに、それ以前の時代の5分の3にまで減少しているのだから。  ――そして、そんな不動政権を打倒するべく立ち上がった「反乱軍」の象徴(シンボル)こそが。  国防軍から奪取した技術によって生まれた、強化外骨格を身に纏う少数精鋭の特殊部隊――「大義閃隊(たいぎせんたい)ライトニング」なのである。 「はぁッ、とあぁッ!」 「ふん、とぅぁッ」 「おぉらァッ!」  人々の営みが消え、かつての平和を彷彿させる街並みだけが残された、目黒区の市街地。砂塵が吹き抜けるその戦場を舞台に、3人の仮面戦士達が国防軍を圧倒していた。  迫り来る戦闘員を蹴散らす、熱線の嵐。その輝きを放つライトニングの銃口は、正義を穿つ煌めきを絶やさない。  ――3人の共通装備である、逆十字の彫刻(エングレーブ)を銃身に刻んだ拳銃型熱光線兵器「熱閃銃(ライトニングトリガー)」。携行火器としては破格の威力を持つその得物は、すでに彼らのホルスターから引き抜かれている。 「……貴様ら、たった3人を相手に何を遊んでいる」 「し、しかし少佐殿! 奴ら、強過ぎます!」 「我々の装備では、あの強化外骨格には歯が立ちません!」 「そんなものは、戦いを放棄して良い理由にはならん。我々には不撓不屈の大和魂がある。撤退は認めん、突撃だ!」  その銃口から飛び続ける熱線と、特殊合金製の装甲に物を言わせた突きと蹴りは、簡易型の装甲服で身を固めているだけの戦闘員達を容易く吹き飛ばしている。だが、指揮を取るゴリラ型戒人は退くことを許さず、兵達に「特攻」を命じていた。 「……全く、相変わらず仲間を大事にしねぇ組織だぜ」 「ならばさっさと頭を叩いて、終わらせてやるしかないな」 「同感。そのためにもまずは、忠犬ちゃん達におネンネしてもらわないと――なッ!」  そんな杜撰な指揮系統に、ため息を零しつつ。楯輝の言葉に頷く洸は熱閃銃を投げ捨てると、電光が迸る両拳の籠手――「雷光拳(ブリッツフィスト)」を構え、立ちはだかる雑兵の群れを叩き伏せて行く。  混戦による同士討ちを回避するための「目印」である白マフラーが、その衝撃で激しくたなびいていた。 「兄ちゃん、葵! 熱く激しく濃ゆいのブッ放すんで、ちょっと退がってな!」 「……わかった!」  防御の一切をかなぐり捨てたその戦い方と言葉から、イエロードライに搭載されている「特殊兵装」の使用を察知した耀流は――楯輝と頷き合いつつ、その場から素早く跳びのき距離を取る。 「光の速さで、くたばりやがれ」  刹那。戦闘員の群勢に迫る、洸の雷光拳から稲光が迸り。 「レッキングッ――ボルトォッ!」  仲間を巻き込まないための「合図」として叫ばれた、「特殊兵装」の名が轟く。電光を纏う彼の両拳が一際激しく輝きを放ち、無数の戦闘員達を纏めて吹き飛ばしたのは、その直後であった。  ――国防軍士官学校に在籍していた頃。倒すべき「敵」の映像資料として何度も観ていた、ライトニングの「特殊兵装」。  各スーツに内蔵された、特性の異なるそれらの武装を――耀流は、よく知っている。当然、ブルーツヴァイこと葵楯輝のものも。 「剣少尉!」 「……あぁッ!」  彼の呼び掛けに反応した耀流が、咄嗟に身を屈めた瞬間。その頭上を掠めるように――白マフラーを靡かせる楯輝の腕から、氷水盾が切り離された。 「ブロークンッ――フロォーズッ!」  その「合図」が飛ぶ瞬間。宙を飛ぶ盾の左端部、右端部、そして下端部の3点から水流が噴射され――その推力に由来する、激しい回転が始まる。  さながらブーメランのように弧を描く氷水盾は、楯輝を包囲している敵兵達を1人残らず叩き伏せ、各部から噴き出す水を戦闘員達に覆い被せて行った。やがて水浸しになった彼らの前で、紫紺の盾が持ち主の腕に帰ってくる。  ――次の瞬間。盾の正面に内蔵されている「冷気」が放射され、水を浴びている戦闘員達を瞬く間に氷漬けにしてしまった。 「何人来ようと、私の科学は絶対だ」  そして。大義閃隊の装備を開発した科学者でもある、楯輝の呟きと共に。  物言わぬ氷像と化した国防軍の尖兵達は、命ならざるモノであるかの如く、粉々に崩れ落ちていく。 「おのれ叛逆者どもがッ!」 「――ッ!」  もはや愚将の盾となる者はいない。それでもゴリラ型戒人は降伏など選ばず、あくまで徹底抗戦を貫いていた。常に高熱を帯びている、炎熱剣の刃をものともしないその装甲を前に、耀流も攻めあぐねている。 「ぬぁあッ!」 「くッ……!」  鈍色の剛腕が耀流を襲い、紅蓮の戦士は間一髪で回避する。士官学校出のエリートであるとは言え、彼自身の実戦経験は浅い。その差を覆してゴリラ型戒人を破れるか否かは、彼の才覚(センス)に懸かっている。  ――だが、それはあくまで一対一(サシ)での話。彼は、彼らは、三位一体の大義閃隊である。 「あーあ、諦めの悪い旦那だこと。仮に顔が良くてもあぁいうタイプは結局モテねぇんだよな。……さっさとご臨終願おうぜ、葵!」 「……分かっている、つまらん御託をいちいち並べるな」  巨大な両拳を振るい、力の限り暴れ回る鈍色の猿人。その攻勢を止めるべく、楯輝と洸は彼の者の前に立ちはだかった。 「ブロークンフローズッ!」 「レッキング……ボルトォッ!」  矢継ぎ早に飛ぶ号令を合図に、2人は続けざまに「特殊兵装」を使用する。ブーメランのように飛ぶ氷水盾の水流を浴び、水浸しとなった機械猿人のボディに――電撃の鉄拳が炸裂した。 「ごぁッ……!?」 「剣少尉ッ!」 「……! あぁッ!」  水を浴びたことで、より通りやすくなった電流と鉄拳。その一撃を浴び、よろめくゴリラ型戒人に――耀流は白マフラーをたなびかせ、赤熱した刀身を叩き付ける。  次の瞬間、命中した胸部装甲が勢い良く弾け飛び、内部の配線が露出してしまった。――氷水盾の水流を浴びた戒人のボディに、炎熱剣が接触したことによる、水蒸気爆発である。 「ぐぉあぁああッ!」 「――戻してやる。このマイナスの時代を、オレ達がゼロにッ!」  重厚な外殻が吹き飛ぶほどの爆発を受け、轟音と共に転倒するゴリラ型戒人。弱点が露出したその胸に、耀流はすかさず炎熱剣を投げ付けた。  赤熱した刀身が、装甲を失った胸に突き刺さり――戒人の堅牢な機体を、内側から焼き尽くしていく。 「トルネードォッ――バーンッ!」  その熱を、さらに深く鋭く刻み込むように。体を錐揉み回転させながら跳ぶ耀流は、戒人の胸から飛び出ている炎熱剣の柄頭を、飛び蹴りで押し込んで行った。  螺旋を描き、胸に突き立てられた剣へと炸裂した真紅の蹴りが、機械猿人の内部を熱と衝撃で破壊して行く。 「がぁあぁッ! おの、れッ……貴様らァアァッ!」 「チッ、しぶといッ……!」 「退がれ、剣少尉! 武装合体でケリを付けるッ!」 「……ッ!」  だが、ゴリラ型戒人はなおも死なず。狂乱の眼で耀流を見据え、剛腕を振るい続けていた。  その反撃を紙一重でかわしながら、耀流は楯輝に促されるまま後方へと飛び退く。すでに彼の背後では、楯輝と洸が「武装合体」なる攻撃の準備を進めていた。  ――氷水盾の蒼い装甲は、砲身へと変形し。雷光拳の形状は、二つの握把(グリップ)へと変貌している。  それはさながら、2人の特殊兵装で創り出された「バズーカ砲」のようであった。楯輝と洸は、その砲身を両脇から支えている。 「この形態……!」 「君も知っているだろう、早く熱閃銃を装填するんだ!」 「頼むぜ兄ちゃん!」 「……分かった!」  耀流は意を決するように深く頷くと、熱閃銃の銃口を「砲身」の後方へと差し込み、発射体勢に入る。 「貴様ら……貴様らァァアッ!」 「剣少尉、撃てッ!」 「やっちまいなァッ!」 「……ッ!」  ――狙うは、死に瀕している鈍色の猿人。撃ち放つは、哀れな命に永遠の眠りを捧げる、大義の閃光。 「トライデントッ――ブラスタァァアッ!」  強烈な発射の反動に備えるため、彼らは3人同時に「号令」を掛け――射手を務める少年が、引き金を引く。  砲口から飛び出た強大な熱線が、瞬く間に戒人を飲み込んだのは――その直後であった。  断末魔を上げる間も無く、跡形もなく消し飛ばされた戒人。彼の者が立っていた場所に残されたのは、地に突き刺さる炎熱剣のみであった。  その瞬間を目の当たりにした残りの戦闘員達は、たちどころに戦意を失い――武器を捨てて、蜘蛛の子を散らすように逃げ出して行く。 「……やったか」 「これでやってなかったらヤベェだろ」  楯輝の呟きを笑い飛ばす洸は、引き金を引いた耀流の方へと振り返り――仮面の下でウィンクしていた。  一方で「戒人を全員倒す」と口にしていながら、本心では非情に徹し切れずにいた耀流は、その貌に憂いの色を滲ませている。 「どうだい、武装合体ってヤツは。スカッとするだろ?」 「……殺したんだぞ、オレ達は」 「そりゃあ戦争だからねぇ、そのうち俺らにも順番が回ってくらぁ。……向こうは向こうで、わけもわからんまま戒人の実験台にされて、死んじまうような()もいたりするしよ」 「……」 「平和のため、と兄ちゃんは言ってたがな。兵隊にできることなんざ、『壊す』ことだけさぁ。そういうお綺麗なことは、俺らがいなくなった後の『民衆』が頑張ることよ」  兵士の役割は戦うことであり、守ることではない。壊した先に待っている未来は、自分達が消えた後に残る人々に委ねられる。  そのように語る洸は楯輝を一瞥し、穏やかな口調で呟いた。 「……そう、だから俺らは『閃隊』なんだ。なぁ、葵」 「あぁ。……私達が消えた先に在る、『新時代』を築くための捨て石。正義を穿つ、一閃の『大義』。それが我々、『大義閃隊』の本質だ」 「……」  楯輝の言葉に、耀流は逡巡するように空を仰ぐ。長きに渡る混迷の時代を象徴するかのように――彼らを見下ろすこの国の空は、吹き荒れる砂塵によって遮られていた。  ふと視線を下ろせば、眼に映るのは荒んだ街並み。かつては「目黒川」と呼ばれていた小さな谷(・・・・)の周りには、朽ち果てた木々が立ち並んでいる。  それが遠い昔、「(さくら)」という花を咲かせていたことを、零和(れいわ)生まれの耀流は歴史でしか知らない。兵成(へいせい)生まれの他2人でさえも、最後の「桜」を見ることが出来たのは、遠い幼少の頃であった。 「……辞めるか?」 「……辞めない。辞めるわけには、いかない」 「その返答が聞きたかった」 「改めて歓迎するぜ、兄ちゃん。……いんや、剣耀流クン」  やがて決意したように、耀流は2人の新たな仲間を見遣る。その強い口調から確かな決意を感じ取った楯輝と洸は、少年の肩を叩き快く迎え入れた。 「しかし君は少尉だろう。私は元大尉だぞ? 元中尉の山吹といい……敬語くらい使ったらどうだ」 「了解しました。……これでよろしいですか? 大尉殿」 「……いや、結構。使わなくていい。やはり気色悪くてかなわん」 「言うこと聞いただけで酷い言われようじゃねぇか。やっぱ大義閃隊ってクソだわ」 「今頃気づいたか? 残念だったな、もはや全て手遅れだ」 「……あぁ、確かに手遅れだぜ」 「そそ、もう遅ぇんだよ。俺らバカ3人、一連托生の謀反者さ」  ――かくして。3人の元脱走兵(・・・・)によって構成された「大義閃隊ライトニング」は、国防軍との熾烈な戦いの海へと、漕ぎ出して行くのだった。
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