第1話 3人の叛逆者

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第1話 3人の叛逆者

 ――1962年、キューバ危機。世界の運命を変えた日は、そう呼ばれている。  大国同士の緊張に端を発する最終戦争(アルマゲドン)の始まりは、「核」の火蓋を切り――全世界に、火の手を上げた。  さらに。その戦争によって誕生した核兵器には、従来のものより遥かに半減期の長い「新元素」が投入されていたのである。  兵器としての脅威という一面において、コバルト60をも凌ぐその新元素によって生まれた核兵器は――この世界に、文字通りの「終末」を呼び込んでいた。  それは当然、戦後を経て間もない日本にとっても例外ではなく――両大国の疲弊によって、第3次世界大戦が幕を下ろしてから、20年を経た今もなお。  歪な発展を遂げた科学に囚われた、この国は。内戦が絶えない、不毛の地と成り果てていた。  10年前に元国防軍中将・不動猛征(フドウタケマサ)が政権を握って以来、その戦いは更に激しさを増している。富国強兵を謳い軍拡を推し進め、圧政を強いる軍事政権の存在は、国民を長きに渡り苦しめ続けていたのだ。  そんな中。不動政権に抗する反乱軍(レジスタンス)の、とある精鋭部隊が――国防軍を相手に、大立ち回りを繰り返していた。  不動政権という、この国の「正義」を穿つ「大義」を胸に戦う、その閃隊(せんたい)の名は――  ◇ 「ええいくそッ、離せ反乱軍め! この縄を(ほど)けッ!」 「やれやれ……この兄ちゃん、かれこれ2時間はずっとこの調子だぜ」 「それくらい元気な方がいいさ、我々にとってはな」  かつて、「目黒区」と呼ばれていた廃都市。その街のとある家屋の中で、1人の少年が吊るされていた。そんな彼を見上げる2人の男は、2時間近くも暴れ続ける彼の体力に呆れ果てている。 『――次のニュースです。官邸は今日、税率をさらに10%引き上げることに決定しました。国民からは度重なる重課税に対する不安が高まっており、今後の――』 『――次のニュースです。10年前、ワシントン上空に発生した謎の「穴」に関する調査報告書が提出されましたが、この現象の正体は不明との結果に――』  傍らに転がる古びたラジオから、流れて来る放送も――反響する少年の叫びによって、掻き消されていた。  ――カーキ色の軍服を纏う若き国防軍少尉・剣耀流(ツルギアカル)は、反乱軍の主力と目されている2人を捕まえようと先走り、逆に捕らえられてしまったのである。  艶やかな黒髪を靡かせる長身の少年は、縛り上げられている側とは思えないほどに、血気盛んな声を上げていた。 「剣少尉、聞いてくれ。私達は、君を捕まえるつもりなどないんだ」 「もう捕まえてるだろうが! これ解け! ぶっ飛ばしてやるッ!」 「アッハハハ、確かにそりゃそうだ! ……まぁ聞いてくれや、俺達は兄ちゃんをスカウトしに来たのさ。その体力と気力、俺達の仲間に申し分ねぇ」 「ふん、誰がお前達なんかに! この国の平和の為にも、『戒人(かいじん)』は皆、オレの手で倒してやるッ! お前達の思い通りになんかさせないからなッ!」  怜悧な風貌を持つ茶髪の美男子、葵楯輝(アオイジュンキ)。飄々とした佇まいを見せ、軽薄な印象を与えている金髪の青年――山吹洸(ヤマブキタケシ)。  青と黄色のレザーパンツを履き、黒のレザージャケットを羽織っている彼らは、「反乱軍(レジスタンス)の主力」として指名手配されている、国防軍にとっての仇敵であった。2人の説得に対し、耀流は敵愾心を露わにして、ジタバタと長い足を振り回している。  ――「戒人」とは、この目黒区を始めとするあらゆる街を破壊し、国民を脅かしている人型生物兵器の俗称である。戒人による被害は全て、反乱軍の仕業(テロ)であると報じられているのだ。 (……山吹) (……あぁ、こりゃ間違いねぇな)  そんな彼の様子から、耀流が何も知らない(・・・・)と悟った2人は、互いに肯き合うと――無垢な少年に対し、1枚の写真を差し出した。 「……これを見てくれ。戒人を量産している、工場(プラント)を写したものだ」 「え……!?」  その内容に、耀流は凍り付く。そこに写されていたのは、カプセルの中で眠る異形の戒人達を見つめる――不動猛征の姿だったのだ。  2mにも及ぶ圧倒的な巨躯に、鍛え抜かれた筋肉の鎧。逆立つ黒髪に強面な顔立ち、そして頬に残る傷跡。国防軍人である彼が、見間違えるはずもない。 「なぜ10年に渡り、これほどの圧政を強行しているのかは、依然として不明だが……奴は国民の抵抗心を折る為に戒人を量産し、その被害の責任を我々に擦り付けている。君のような若く純粋な兵士を、意のままに操る為にな」 「そゆこと。つーまーり、俺達を捕まえたところで平和になんてなりゃしないのさ。むしろ状況悪化しちゃうよ? 的な?」 「そ、そんな……」  真実を突きつけられ、打ちひしがれる耀流。そんな彼に楯輝は、逆十字(アンチクロス)の紋章が刻まれた、赤い腕輪(ブレスレット)を差し出した。  それは、反乱軍を代表する精鋭部隊の印。市井の味方として巨悪を討つ、「大義」の使者の証である。 「だから君のような、真っ直ぐな若者が必要なんだ。戦って欲しい、我々と共に」 「歓迎するぜ、兄ちゃん。なんたってコイツはもうオジン……あだっ!」 「うるさいぞ山吹! 私はまだ28だ!」 「……」  写真を何度見返しても、合成された跡は伺えない。それに写真に写っている猛征の手には、これまで戒人の素体にされてきた犠牲者達のリストがあった。  もはや疑う余地はなく――自分の理想の為に選ぶべき道も、とうに見えている。 「よし、使い方を説明する。その腕輪に特定の音声を入力することで、内部で粒子化されている外骨格が転送され――」 「知ってるよ。あんた達の今までの戦いは、何度も映像記録で見せられてきた」 「――なるほど、さすがその若さで少尉に任官されたエリートだ。話が早くて助かる」  やがて僅かに躊躇いながらも、耀流はその腕輪を受け取り――手首に装着した。その眼に宿る確かな「大義」に、新たな外骨格所有者の資格を見出した楯輝が、微かに頬を緩める。  この赤い腕輪を所有していた「前任者」が戦死して久しく、代わりになり得る優秀な兵士を見つけられずにいた彼らにとっても、この少年との出会いは僥倖だったのである。  すると、次の瞬間。 「見つけたぞ反乱軍。裏切り者共々、ここで始末してくれる」 「――ッ!?」 「これはッ……!」  どこからともなく飛んできた鎖が3人の首に巻きつき、全員を家屋の外にまで引きずり出してしまった。  砂埃と共に、荒廃した目黒区の街道へと放り出された彼らを待っていたのは――国防軍の憲兵隊に属する、戦闘員の群勢。彼らは皆一様に、カーキ色の簡易装甲服で全身を防護している。  その指揮を取り、耀流達に不意打ちを仕掛けてきたのは、鈍色の装甲で全身を固めるゴリラ型の戒人だった。反乱軍という逆賊を戒める(・・・)為に生み出された、正義(・・)の使者として――異形の怪物は、下卑た笑みを浮かべている。 「絶対的正義に逆らうとは、なんと愚かな。剣耀流よ、国家反逆罪により貴様を死刑とす――」 「正義……正義ってなんだよ。オレは……オレはァッ!」 「――ッ!? こ、この小僧、鉄製の鎖を素手で……!?」  彼の者を前にした耀流は、唇を噛み締め――力任せに鎖を引き千切る。  国防軍士官学校を最年少で卒業した、「エリート」としての実績に違わぬ膂力。その力にたじろぐ戒人に構わず、彼は楯輝と洸の首に絡まる鎖にも手を掛け、一瞬のうちに破壊してしまった。  残酷な真実を知り、裏切り者と謗られ。自分の過ちを、今になって知った耀流は――赤い腕輪を翳し、新たな仲間達に声を掛ける。 「……行くぞ、皆」 「よし……」 「待ってたぜ、その台詞」  刹那。2人も耀流に続くように、青と黄の腕輪を露出させ――同時に右腕を突き出し。  3人揃って拳闘(ボクシング)のように拳を構え、軍隊格闘術(マーシャルアーツ)の体勢に入りながら。「外骨格」を発動させる、起動音声(パスコード)を入力した。 「――閃身(せんしん)ッ!」  腕輪型閃身装置(ライトニングチェンジャー)から、全身を覆う眩い電光が迸る。その輝きと叫びの中から顕れたのは――武骨な仮面に素顔を隠し、特殊合金製の強化外骨格(パワードスーツ)を纏う、3色の戦士であった。 「紅蓮の1号(レッドアインス)!」  漆黒の装甲の上に、各部を防護する真紅のプロテクターを備え。「主」への叛逆を意味する、逆十字(アンチクロス)をあしらったバイザーを持つ鉄仮面で、顔を隠す紅蓮の戦士・レッドアインスは。  純白のマフラーを靡かせ、その手に真紅の刀剣――炎熱剣(グリューエンエッジ)を携えていた。 「紺碧の2号(ブルーツヴァイ)!」  彼と同規格の装甲と仮面で全てを覆い尽くし、蒼いプロテクターで各部を固める紺碧の戦士・ブルーツヴァイ。  その腕には、紫紺の盾――氷水盾(ヴァッサーシールド)が備わっていた。 「黄金の3号(イエロードライ)!」  仲間達と同じ黒い装甲と、防毒マスクのような吸収缶を両頬に備えた逆十字の仮面。その上からさらに、眩いプロテクターを纏う黄金の戦士・イエロードライ。  そして、彼の拳に備わる超合金の籠手――雷光拳(ブリッツフィスト)は、蒼い電光を絶えず放ち続けていた。  彼ら3人は各々の得物を振るい、その首に巻かれた白マフラーを揺らして、憲兵隊の戦闘員達に躍り掛かって行く。  混戦の只中であっても、互いの生存を確認し合う「点呼」として――己の暗号名(コードネーム)を、「名乗り」を上げるかのように叫びながら。 「……貴様らッ……!」  ――不動政権という、この国の「正義」を穿つ「大義」を胸に戦う、閃隊(せんたい)。  その使命を背負う、彼らの名は。 「正義を穿つ一閃の大義(ライトニング)――前進せよ(ゴー・ア・ヘッド)ッ!」  例え、時代の狭間に差し込む一瞬の閃き(・・)に過ぎないのだとしても。いつの日か役目を果たし、自分達が必要とされなくなる、真の平和が訪れるまで。  正義をも超える大義を掲げ、戦うと誓った勇士達の――決意を示していた。  その新たな筆頭として、戦闘開始の「号令」を掛ける耀流の雄叫びと共に。  核によって汚染され、死の国と成り果てたこの日本を舞台に――彼らの英雄譚が、幕を開けたのである。
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