宇宙フォトグラフィー

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「お、孝人だ」 僕が待ち合わせ先の会場に到着すると、先に来ていた高野が反応する。 「久しぶりー」「なんかお前焼けてねー?」 口々に反応するクラスメイトたち。よかった。歓迎されているようだ。 いくら同窓会とはいえ、しばらく会っていない友人と会うのは、多少は緊張する。 だが、クラスメイトの反応は、高校時代の時のそれと、変わっていなかった。 テーブルの上には、各々が持ち寄った卒業アルバムが置いてあった。 「懐いなー」「何この文化祭の時の孝人の顔ー」「いやしょうがないだろあのお化け屋敷は普通にビビった」 アルバムに載った写真を見ながら、みんなで楽しい思い出話に花を咲かせる。 高校を卒業してから、3年。久しぶりに会ったクラスメイトの見た目は少し変わっていた。 けど、みんなで共有した思い出は、色あせることはないのだろう。 談笑しながら、そんなことを思っていた時だった。 アルバムに載った一枚の写真に、ふと何か違和感を感じた。 「…ん?」 クラス全員の集合写真の中に、見慣れない何かが写っている。 大きな目と頭部に、灰色の肌。 この特徴的な、SF映画とかでよく見るビジュアルは… 「なんか宇宙人っぽいの写ってね?」 「え? どこに?」 高野は、驚いた表情を見せる。 「いや…これ…」 僕が該当箇所を指さす。すると高野は 「え…何言ってんだよ。こいつは…」 続く高野の言葉は、驚くべきものだった。 「田中太陽だろ。クラス一の人気者の」 あっけにとられた僕は、思わず 「は?」 と聞き返していた。 「いや、そんな名前の奴いなかっただろ。なんだよ田中太陽って」 と僕が続けると、クラスメイト一同は、きょとんとした顔になる。 「何言ってんだよ」「太陽のこと、忘れちゃったの」「いや太陽忘れるとかねーから」 と揃った反応を見せるクラスメイトたち。 何かがおかしい。 僕は、他の写真も見る。 すると、そこにも田中太陽は写っていた。 「ほら、この体育祭の写真見ろよ…太陽大活躍してるじゃねえか。」 本当だった。 クラス対抗リレーのトップを走っている生徒は、見まごうことなく宇宙人…田中太陽だった。 それだけではない。 学園祭のバンドでボーカルとギターを務めていたのも。 サッカー部でエースだったのも。 生徒会長だったのも。 卒業式でみんなの前で生徒代表のスピーチを読み上げたのも。 すべて田中太陽だった。 「嘘だろ…」 あっけにとられる僕をよそに、クラスのみんなは田中太陽の武勇伝を語っていた。 僕はひとり、クラスの集合写真のページを開く。 やはりそこにも宇宙人の顔写真の下に「田中太陽」の名前が載っていた。 さすがにおかしいだろう。 どう考えてもこんな奴がいたはずはない。 そう思いながら、僕はクラスメイトの顔を見まわした。 見知った顔が並んでいる。 クラス委員長、運動部のエース、音楽なんかのコンクールで賞を取った奴、誰もが知っているような有名大学に入った奴、色々な特技を持った奴がいるクラスだった。 この同窓会には、クラスのほとんどが参加しているはずだった。 いや、待てよ。 ほとんどってことは、参加していない奴も当然いる。 僕は、ちゃんと彼らの顔を思い出せるのだろうか。 クラス全員の顔写真が写ったアルバムのページを再びめくる。 シュールな宇宙人顔の田中太陽と、来ていない数人の生徒の顔を見る。 得てして、地味な生徒といって差し支えのないメンツだった。 ひとりくらい、宇宙人の顔をしていても、おかしくないのではないだろうか。 そう一瞬思ってしまうほど、印象の薄い生徒たちだった。 とはいえ、僕もそんな生徒たちの仲間といえるだろう。 何か特技があるわけでも、優れた容姿を持ってるわけでも、運動神経がすごくよいわけでも勉強がすごくできるわけでもない。 それでも、休み時間に話したり、一緒に暇を潰したりする友人はいた。 こうして同窓会にも呼んでもらえる。 それは、すごく幸運なことなのかもしれない。 そう思った時だった。 突如、脳裏にある記憶が思い浮かんだ。 あれは夏休み前のことー 誰もいなくなった放課後の教室に、僕は忘れ物を取りに戻っていた。 すると、ひとりの生徒が、机に座って、頭を上に向けたまま、微動だにしないでいた。 「おい、なにやってんだよ。体調悪いのか?」 不気味に思った僕が訪ねると、 「ちょっと交信しててよ。俺の故郷と」 とそいつは返した。 何を言っているんだこいつは、という表情を僕が見せると そいつは「なんてな、今のは冗談だよ。忘れてくれ」 と補足した。 その生徒とは、それっきり話すことはなかった。 正直、どんな顔をしていたかすら思いだせない。 だが、謎の確信があった。 あの生徒こそ、田中太陽…宇宙人と入れ替わった生徒だ。 あいつの名前は… 僕がひとり、そこまで考えを巡らせているときだった。 「お、太陽、遅いじゃねえか!」 ひとりの生徒が、遅れてやってきた。 「悪い悪い、用事が長引いちまってさ」 その生徒の姿は、、まぎれもない宇宙人の姿だった。 写真に載っている、宇宙人そのままの。 「太陽ひさしぶりー」「元気だったー」 あっけにとられ、僕はその場から微動だにできないでいた。 だが、クラスメイトたちは宇宙人の姿に一向に驚かず、 普通に談笑している。 僕はその不気味さにたまらなくなって 「いやおかしいだろ! なんで宇宙人と普通に話ししてんだよ!」 とまたもやつっこんでしまった。 「孝人なに言ってんの」「太陽が宇宙人? 冗談も大概にしろよ」 だが返ってきたのは、まるで僕の認識そのものが間違いであるかのような返しばかり。 僕は続けて 「いやだってそいつ肌の色グレイだし、見た目も声も人間のそれじゃねえし、  おまえら本当どうかしてるよ…」 というと 「どうかしてるのはおまえのほうだろ、孝人。太陽は人間に決まってんだろ」 「そうだよ、こんだけ日に焼けてる宇宙人がいるか?」 もうだめだ。もはや何を言っても通じない。 「そろそろ二次会行こうぜ」 「さんせーい」 反論し続ける僕をおいて、みんなは二次会の会場へ向かっていった。 本当に、おかしいのは僕のほうなのだろうか。 ひとり取り残され、混乱する頭を抱えて打ちひしがれていると、 冷たい手が僕の肩に置かれた。 「悪かったな、孝人。」 「うわっ」 その手の持ち主は、田中太陽だった。 「ちょっと細工をさせてもらった。」 「細工って…」 「宇宙人だからな、超能力で人間の記憶や認識をちょっといじくるくらい、わけないのさ」 田中太陽は、フランクな口調でとんでもないことを言っている。 「そ、それって直るもんなのか?」 「ああ、もちろん。一時的なもんさ。時間がたてば自然に効果も切れる」 少し僕は、ほっとした。 「なぜかお前にだけはうまく認識阻害が効かなかったみたいだが…。なんでだろうな。お前、俺と話したことあったか?」 「たぶん…一回だけ」 それが原因なのかもしれないな、とつぶやく太陽。 いや、認識阻害ってなんだよ。 なんで一度話したことがあったら効かないんだよ。 気になることは山ほどあったが、突っ込み続けると長くなりそうだったので 一番肝心なことを聞いてみた。 「どうして、こんなことしたんだよ」 すると太陽はこう言った。 「興味本位って奴かな。一度人気者の気分ってのを味わってみたかったのかもしれねえ。 俺はいつも、クラスの隅っこにいたからな」 太陽はどこか寂しげな様子だった。 「ほら孝人、俺の高校時代の名前思い出したか」 「え、えーと、、、」 答えられない。太陽は、ため息をついた。 「ま、そんなもんだよな。でも仕方ねえさ。俺も結構、あんときは結構任務やらで忙しかったし。友達を作ると、任務に色々支障をきたしそうだしな」 太陽の抱えている任務とは、それほど大変なものだったのだろうか。 僕には想像がつかない。 太陽は黙っている僕を見て、続けた。 「ま、それだけじゃないんだけどな。どんなに人間のデータを集めて、知識を身につけても、学校のクラスで友達を作るってことだけは、なぜか俺にはできなかったんだよ。これも宇宙人と人間の差って奴かもな」 僕は、なんともいえない気持ちになって、思わず言った。 「でも今は、ちゃんと話せてるじゃんか、俺ら」 「そうだな、まるで友達みたいだ」 「みたいだじゃなくて、普通に友達でいいだろ」 ぼくがそう言うと、太陽はふっと笑って 「ありがとよ」と言った。 「さて、そろそろ準備もできたころだし、これから故郷の星まで、戻るとするか」 「準備って、いったいどんな…」 と言った時、窓の外に目がいった。 そこには、宇宙船と思わしき小さな乗り物の姿があった。 「あれに乗って帰るのさ。もう地球に来ることも、二度とないだろう」 通行路のど真ん中にあるというのに、誰も写真にとったり、驚いている人はいない。 にもかかわらず、人々はそこに宇宙船があることを認識しているのか、避けて歩いている。 これも宇宙人の能力なのだろうか。 宇宙人とは、やはり色々規格外な生命体だ。 僕は驚きつつも、まだ太陽に 「なあ、最後にひとつ聞いてもいいか?」 「なんだ?」 「地球での生活、楽しかったか?」 太陽は少し黙ってからこう答えた。 「まあ色々あったけどよ。総合的に、楽しかったぜ」 「そうか、ならよかった」 「俺の故郷の星にも伝えといてやるよ。地球に住んでる奴らはまあなんだかんだいって悪い奴じゃねえから、侵略戦争を仕掛けようとすんのはやめろってな」 そんな物騒なことを仕掛けようとしていたとは。 僕は太陽の存在に感謝した。 「じゃ、そろそろだな」 太陽は宇宙船に向けて歩きだす。 「太陽!」 僕が呼び止めると、太陽は振り向いた。 「元気でな」 地球人らしい月並みな言葉をかけると、 太陽は 「ああ、お前もな」 と、人間らしい笑顔を見せて、去って行った。 二次会の会場に遅れていくと、クラスメイトたちは僕の到着を待ちわびていたようだった。 「おせーぞ孝人、どこ行ってたんだよ」 そう言うクラスメイトたちの脳内からは、田中太陽の存在はもういなくなっているのだろう。 僕はアルバムのクラス紹介のページを再び開く。 クラスメイトの人数は、一人減っていた。 さっきまであれほど人気者だった太陽のことを、誰も話題にしていない。 それがなんだか、当然ではあるものの、少し寂しかった。 こうやって、みんなの話題や記憶から消えていくようなクラスメイトは、他にもいるのだろう。 ひょっとしたら、僕だってそうならないとも限らない。 思い出や友情は美しいけれど、はかなく、消えやすい。 それが消えてもいいと思っている人間にとっては、より一層、そういうものなのだろう。 そんなことを思いながら再び卒業アルバムを開く。 まだ認識が少しゆがんでいるのか、卒業式の写真にぼんやりと、満面の笑みを浮かべた宇宙人が写っているような気がした。
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