もしも、もう一度

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 夏が過ぎ、肌寒さが感じられる夕暮れの中、露木葵は日に焼けたチラシを片手に扉の前で立ち尽くしていた。  商店街の裏路地、日のあまり届かない狭い道にある古い店の中は閉められた薄いカーテンのせいか、それとも明かりが弱いせいなのか、よく見えない。  葵は手に持ったチラシをじっと見る。一昨日、高校からの帰りに商店街で拾った安っぽい紙の中央には赤で縁どられた白い文字で大々的に『もう一度、大切な人との時間を楽しみませんか』と書かれ、その下には店の住所と電話番号と地図が載っている。  初めてこのチラシを見た時は誰かのイタズラかと思った。大切な人に会わせるなんて、赤の他人が、それももう死んでいる人になんてできるはずがない。でも、もしも本当にできるなら……もう一度、会えるなら……。  そんな思いでここまで来た葵だが、店の前に立つと急に怖くなってくる。 こんな人気のない場所で、しかも店の中は何も見えず暗いなんて。もしかしてこのお店は入っちゃいけない危ないところなのではないのか。  葵は胸の前で右手を握り締める。  ここで悩んでいても仕方がない。わずかでも可能性があるのなら、行くしかない。  葵は恐る恐るドアノブを握り、ゆっくりと扉を開く。  昼のように明るい照明に照らされた狭い店内は外から見ていた時よりも何倍も明るかった。店内をぐるりと見て見ると、シンプルな木のイスとテーブルの配置からまるで喫茶店のように思える。部屋の奥にはさらに部屋が二つあり、一つは扉が開いており、中はキッチンのようだが、もう一つの扉は閉まっているためどんな部屋なのか分からない。 「いらっしゃいませ」  突然前から淡々とした人の声が聞こえ、葵はびくりとその場で小さく飛び跳ねる。  店員さんだろうか。こんな変な店の店員っていったいどんな人だろうか。葵は顔を強張らせ、ゆっくりと前方に顔を向ける。  葵の数歩先には白いワンピースを着た長い黒髪の女性が立っていた。おそらく大学生くらいの女性の切れ長な目は冷たい光を持ち、葵を睨むように見ていた。 「えっと、私、このチラシを見てここに来たんですけれど、ここって本当に——」 「では、お部屋までご案内いたします」 「え、いやあの、ちょっと聞きたいことが……」  店員は葵の言葉を聞く気がないのか、何も答えることなく店の奥の部屋へと歩いていく。  どうしよう、でも……ここはついて行った方がいい気がする。店員はあの人だけみたいだし、もしやっぱり変なお店だったら全速力で逃げれば大丈夫だよね。  葵は肩にかけたカバンの持ち手を両手でギュッと握り、店員の後をついて行った。
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