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境目の虹彩とラッキーボーイ
退社時間より一時間早く会社を出て、店に直行している。
段々と暗くなり始めた空と、ライトを点灯する車の列。信号待ちの間空を見ると、グラデーションをかけ、紫色になりかけている。彼の瞳のような曖昧な色合いが、胸の奥から何か熱いものが湧き出てくるほど綺麗だった。
朝と夜、異性愛か同性愛の二択の世界にグラデーションをかけたような色合い。彼を思い出す。
渡り始める人の群れの中に紛れ込みながら、周囲を見渡す。
肩まで伸ばした黒髪と、端正な美貌に、特徴的な紫色の瞳。もしかして…。
――シュウ?
「崇水さんですか?」
「そうですが……」
灰色と黒色のモノトーンコーデがすらりとした身体を強調させている。
いぶかし気に、上目遣いで彼が見つめてくる。この色合い、この熱量。待ち焦がれてきた、再会。
「覚えてませんか?」
「覚えてません。ごめんなさい」
肩を落とした哲だが、想定内だと気持ちを立て直す。
「名前は?」
「哲。また会おうね、シュウ」
また会える予感がする。
――次会う時は、絶対忘れないようにしてあげるからね。
にやりと笑う。
はてなマークでいっぱいのシュウを置き去りにし、駆け足で交差点を渡りながら、そっと立ち尽くす彼の姿をスマートフォンに収める。
店に着くと、スールに柄シャツを着ている友人が声をかけてきた。
「早いな」
「集中できなくて、追い出されたよ」
手帳に挟んでいる写真も、友人から譲り受けてきたものだ。
そっと封筒を手渡され、いぶかし気に友人を見る。
「桔梗さんから預かったQRコードと写真が入ってる」
早速QRコードを読み込み、高鳴る鼓動を聞きながら、震える指先で『はじめまして』と打つ。
『はじめまして、崇水です。連絡ありがとうございます』
何もなかったかのような返信に笑みがこぼれた。
ああ、彼は自分にとっても「幸運を運ぶ美青年」だったのだと。
忘れているなら、それでいい。
吃驚する顔を見ながら、シュウと出会ってどれだけ救われてきたかを話そうと心の中でひそかに決意した。
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