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セルゲイは、この辺でカテリーナの家を辞した。カテリーナは瞳にうっすらと涙を浮かべていた。最後に、彼女は言った。
「セルゲイ様は、お父様によく似ていらっしゃいます」
自宅に帰りつき、セルゲイは書斎に入った。しばらくすると、ドアをノックする音がした。
「入っていいか」
父の声だった。
現れた父の顔を、セルゲイは不思議なものでも見るような心地で眺めた。そして尋ねた。
「父上、今日、興味深いお話を聞いたのですよ」
「はは、何だね。退屈な役所仕事でも、たまには面白いこともあるかい」
「いえ、仕事の話ではないのですが」
「ご婦人かな」
父はいたずらっぽく笑った。セルゲイも微笑して、
「そうです、でもあなたの知らないご婦人ですよ」
と返事した。
もはや明らかだった。あの婦人、カテリーナは、父ニコライを強く愛するあまり、観念において父を殺し、永遠に自分のものとしてしまったのだ。セルゲイはそのことを確信した。
そして、彼は、その父に妬ましい思いを抱いている。
もし、そのときそこに、今の自分がいたならば、この自分が父を殺してしまったかもしれない。セルゲイはそんな妄想にとらわれた。カテリーナの面影が、自分のうちに宿ってしまったことを自覚しながら。
セルゲイの手には、白いつる薔薇の小枝が握られていた。その手に力がこもったのか、一筋の赤い血が流れていた。
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