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慶応元年。
新選組の池田屋での活躍が日の本中に駆け巡り、名誉と共に多くの入隊志願者が増えた。
それにより手狭になった壬生の八木邸や前川邸を引き払って西本願寺に屯所を置くことになり、組全体が移ってきたのは昨日の日暮れ前のことである。
しかし新たな屯所となる西本願寺は長州贔屓であるため、移転先の“相談”というなの決定事項を伝えに出かけた際にはあからさまに嫌悪の顔をされたのは言うまでもない。
そんな西本願寺側の反応など端から想定していた土方は、京の都を大火にするという謀を目論んだ主犯である長州の残党を匿うもしくは逃走の支援しているのでは、という疑念を含んだ皮肉を冗談ともとれる絶妙な言い回しで門主をねじ伏せたのである。
そして西本願寺に屯所を移しての初日である今日。
日も昇らぬ早朝から空を轟かせる大きな砲撃音が西本願寺を揺らす。
ドーン、ドーンとけたたましく鳴り響く音に僧侶たちは怯え、我慢の限界を超えたのかその足で門主広如の私室へと駆け込んだ。
「御門主様ぁ~!」
「・・・ぐぁ~・・・ぐごごごごぉ~・・・・ぐぁ~・・・ぐごごごごぉ~・・・・」
「御門主さまぁ!た、大変で御座います~!!」
「ぐうぉ~・・・むにゃむにゃ・・・・なんじゃぁ一体・・・」
「御門主さ・・・・・」
ドーンっ!
先ほどより放たれる音とともに伝わる地響きのような振動も大きく感じる。
まるでこちらの行動を読んでいるかのような。
「な、何事じゃああ!?」
案外図太い神経の持ち主なのか、このような事態となっても鼾をかいて熟睡していた門主であっても寝所の間近で鳴り響いた爆音に飛び起きた。
ド・ドーンっ!!!
「ぎょええええっ~!」
「ひぎいいいいいっ!!ご門主様ぁぁぁっ」
門主の寝所のある方向から叫び声が聞こえ、土方は満足そうな笑みを浮かべた。
「あーはっはっは!ざまぁないぜ。あの坊さんの悲鳴をお前も聞いただろ?総司」
「まったく、悪趣味にもほどがありますよ、土方さんは」
「ふん。だいたい広如の坊さんが悪い。こっちはあくまで隊務の一環として砲術訓練をやらせろと言ってるんだ。それをあの坊さんがやれ『煩い』だのやれ『周辺への迷惑』だのとほざくから、この砲術訓練が今後どれほど役に立つかを身をもって分からせてやろうと思ってやったまでだ。しっかし、大砲っていうのはやっぱ凄ぇな。音もさることながら、その威力も馬鹿にならねぇものがある。壬生寺でやってた頃はさして感じなかったが、此処までだだっ広い所でぶっ放すと改めて実感するぜ。これも偏にあんな大層な代物を寄越してくれた容保様様ってなもんだ」
土方という男は元来ガキ大将気質で、気に入らない相手に対してはとことんいじめ抜くという少々困った性格をしていた。
「壬生寺も相当に広かったでしょう。それにしても、日も昇らない内から・・・・ましてや初日から幾らなんでもやりすぎじゃないですか」
日も昇らぬ内から沖田の一番隊もろとも叩き起こされ、性に合わぬこの事態に巻き込まれている沖田はたまったものではない。
傍らで腰に手を当てて高笑いをしている土方を横目で見ながらあくびが出るのを止められない。
「仕方がないだろ。どんだけ頼んでも奴らちっとも聞き入れやしねぇ。ま、端から新選組自体を快く思ってねぇ事は分かっちゃいたがな」
「だから態度で示したんですか」
子供か、と沖田は内心毒吐く。
「悪いか」
「いいえ。少々過激だとは思いましたけど・・・・・」
「けど、何だ」
「いえね。土方さんって、やっぱり可愛い人だなぁと・・・・」
言葉にするやいなや、拳が振り下ろされる。
「いたぁ!」
「何が可愛いだ!どの面下げてこの俺にそんな言葉が吐けるもんだなっ」
「だって可愛いじゃないですかぁ。言葉で通じないから子供みたいに癇癪起こして大砲撃つっていう嫌がらせに出たんでしょう?これはもう自信を持って『可愛い』と言い切れる行為だと私は思いますけど」
殴られた頭を撫でながら、沖田はにやりと人の悪い笑みを浮かべる。
「自信を持って、だとう・・・・・てめぇ・・・」
「あれ。怒っちゃいました?」
「総司よぉ。お前ぇはつくづく人の気を逆撫でするのが上手いよなぁ?」
土方は両の手の指をかみ合わせるようにして重ねると、骨が軋むような音を鳴らしながら、沖田との距離を詰める。
「もしやまた、私を殴るつもりですね」
「ほおう。随分察しが良いじゃねぇか」
「きゃあー。近藤先生に言いつけてやるぅ」
「何だと、このガキ!」
「助けてぇ~近藤先生ぃ~♪」
すっかり目が覚めた沖田は、身軽な体をひらりと舞うような動きで土方の拳を避ける。
「黙れ、クソガキ!しかもその声気色悪いんだよっ!」
「土方さんに襲われるぅぅ~♪」
「だから、やめろって言ってるだろうがぁ!」
慶応元年。
彼らにとって己の道がこの先も長く明るいものだと信じて疑わなかった、そんな一幕。
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