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ルームメイト
冬が過ぎ、まだ春寒が残っている冷たい空気の中に、桜の花の匂いが交じっている今日このごろ。日曜日ともなると四月のポカポカとした陽気に誘われて人はなぜだか外に出たがる。
皆、やれ桜を見ようだとか、やれ春の街をデートしようだとかほざいている中、休みは休むためにある理論を提唱する俺、桜間鈴屋(さくらますずや)は二度寝を決め込んでいた。
春の穏やかな気温は外に出るためのものではない惰眠を貪るためにあるものだ。
猫なんかもそうだろ?こういう暖かい季節には眠るのが道理であり王道。外で遊ぶなど邪道でしかない。いや、別に遊んでくれる友達がいないとかでは断じてない。
俺は王道を行くだけ。ほら王道漫画にハズレはないだろ?王道は絶対であり最強なのだ。おっと居眠りが王道ではないという意見は受けつけないぜ。
そんな頭の悪いことを考えながらソファに寝転んでいると急に部屋の扉がノックもなしに勢いよく開かれた。
「おはよう、桜間。喜べ今日から君にルームメイトができるぞ」
扉を開いた一個上の先輩、水富冬香(みずとみふゆか)は朝っぱらから最悪のニュースを届けた。
春は出会いの季節だと聞く。頭の悪い考え方しかできない俺でもその出会いというやつには期待してしまうものだ。
だがこの人は今、ルームメイトと言った。俺は言うまでもなく男。そしてここは男女清きをモットーとする公共の場、学校。血迷っても男の部屋に女を入れるなんていう下手をすれば、いや下手をしなくても青少年健全育成法の向こう側へ行ってしまいそうなことをするはずがない。
つまり今から俺が出会うことになるのは男ということになる。出会いに期待していると言っても男との出会いには期待のきの字もない。それどころか今まで好き勝手に使っていた部屋の一部が他人に占拠されてしまう絶望のぜの字しかないこの状況。最悪だ。
俺が底のない絶望感に浸っていると水富先輩の後ろからひょっこりと男が現れ、はちきれんばかりの笑顔で自己紹介を始めた。
「やあやあ。桜間くん。僕の名前は青桐優(あおぎりゆう)。今日この学校に転校してきたんだ。よろしくね。親友」
出会って早々俺のことを親友呼ばわりするこの男は開いた右手をこちらに伸ばして握手を求めてきた。
「何、お前?出会って早速握手とかアメリカ人かよ。nice to meet youてか?その後ハグとかしちゃうの?悪いけど俺はそんなグローバルな人間じゃねーよ」
遠回しに握手を拒絶した。それにしても距離の詰め方が本当にアメリカ人みたいだ。マジでハグしてくるかも。嫌だぜ。俺。ハグするならこいつの隣にいる水富先輩がいい。
水富先輩は綺麗な人だ。肩まである黒い髪に端正な凛とした顔立ち。こんな綺麗な人とハグをすれば俺のハッピーな学園ライフが始まるだろう。「ルームメイトは実は私だ」パターンねーかな。
バカなことを考えていると同居人Aは小首を傾げて――
「nice to、なんとかって何ですか?」
と水富先輩に訊いていた。
こいつ、俺以上のバカだ。俺は間違っても外国にはいくな、と英語の教師にお墨付きを貰うような男だ。そんな俺でも知っている熟語を知らないのは絶望的、いや一周回って奇跡だ。奇跡的なバカさだ。
「英語で『初めまして』という意味だ」
同居人Aは水富先輩の説明を「へー」と分かっているのか分かっていないのかはっきりしない返事で頷き
「nice to meet you too again、桜間くん」
と、なぜかドヤ顔で言った。何でagain足した?それだと『またお会いできて嬉しいです』になるだろうが。まだ一回しか会ってねーよ?
「先輩、ルームメイトとか聞いてないですよ。いきなり決まったんですか?」
俺は青桐だかバカギリだかの挨拶を無視して先輩にそう尋ねた。ルームメイトが来るなら事前に連絡があるはずだ。だがそんな連絡を受け取った覚えはない。
「おかしいな。生徒会の三木原(みきはら)に伝えておけと言ったんだが……」
それ絶対三木原がサボっただけじゃん。どうせ『桜間君って話しかけづらいからやめとこ』ってなっただけじゃん。ちゃんと仕事しろよ。生徒会。
「ま、とにかく仲良くやれよ。あっ、そうそう桜間。雨宮(あまみや)先生が職員室に来いと言っていたぞ。じゃあな」
と、先輩は軽く手を振って慌ただしく去っていきこの部屋には俺のルームメイトとおもわれる男Aと俺だけが取り残された。
「ところで桜間くん、君って能力者?」
「あ?」
何の脈絡もなく放たれた質問に疑問の声をあげる。
「能力だよ。能力」
この世界には能力が存在する。いきなり能力なんて言われてもちんぷんかんぷんだろうが、火を出すとか水を出すとかの力をこの世界の住人は使うことができる。ま、みんながみんな使えるわけではないけど。
何でこの世界に能力があるのかと聞かれるとよく分からないと答えるしかないけど偉ーい学者先生が言うには怠け者説ってのが濃厚らしい。
生物って様々な進化をしてきた。生きるために必要だから。ここの世界の人間の祖先は頭に超が付くほど怠け者だった。そのためスゲー便利な力を求めた結果能力ってのが生まれたらしい。
「いや、違う」
俺は青桐だかクソギリだかに返答する。嘘だけど。
「なら君の友達にはいない?」
「いねーな」
「そうか。君の友達にも能力者はいないのか」
青桐は肩を落とし落胆の声をあげる。おいおい。何、勘違いしてやがる。
「いねーのは能力者の方じゃねーよ。友達の方だ。嫌いな奴にはたくさんいるけどな」
「え?」
青桐は首を傾げていた。しばらくエレベーターの中のような気不味い沈黙の時間が流れる。
「そうか。そうだったのか。安心していいよ。さっきも言った通り今日から僕と君は親友さ。さあ一緒に夢の話でもしようよ」
沈黙をぶち壊した青桐は目から涙をこぼしつつ俺たちはもう仲間だと言わんばかりに肩を組んできた。
「黙れ。夢を叶えてくれるのはドラえもんと専門学校だけだ」
俺はその手を払いのけこの部屋を出ようと扉の前まで行きドアノブに手をかける。理由は簡単。こいつが鬱陶しいから……ではなく。いやそれもあるけど。
「どこに行くんだい?親友」
「職員室。先生からのご指名だ」
「なら僕も行くよ。親友」
は?
「あ?邪魔だからここにいろ。いや帰れ。帰って義務教育やり直してこい。一+一の足し算から未だに理解できねー三平方の定理まで学びなおしてこい」
「嫌だ。連れてってよ。僕たち友達じゃないか」
とか言って青桐は俺の腕にしがみついてきやがった。
「友達ってのはな、いつの間にかいなくなっているもんなんだよ。いつまで経っても既読がつかないライン画面、久々に会って声かけたらお前誰って感じで睨まれたあの日の俺。友達ってのはそういうもんだ。バカヤロー」
それを振りほどき手で服についたゴミを払うかの如くこいつに触れられた箇所を払う。
「夢も希望もないね。君は」
青桐は何がおかしいのか楽しそうに笑いながら言った。
「夢と希望?んなモン最初に一発ぬいた時ねばねばとした液体と共に体外へ放出したよ。良いか、俺は絶対一人で行くからな」
「嫌だ。連れてってくれよー」
地面に寝転がり幼稚園児のごとく駄々をこねる青桐。俺はこいつをどうすればいいんだ?
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