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先生
フランスの詩人、ラ・フォンティーヌは言った。
『無知な友人ほど危険なものはいない。賢い敵の方がずっとましだ』と。
この言葉には様々な考察が立てられているがそのままの意味を受け取ると、とにかくアホな友達は危険、ってことになる。
つまり青桐は危険な奴なのだ。だからこいつを我ら生徒の敵の本拠地である教師の溜まり場、暗黒の城(職員室)に連れて行くわけにはいかない。それなのに――
「職員室、楽しみだね」
結局こいつは、いやこのクソッたれはついてきやがった。
「何が楽しみになんだ?バカヤロー。良いか、青桐。太古から職員室には三種類の魔獣が生息していると言われているんだぜ」
「魔獣?」
「ああ。普段は口うるさいくせに肝心なときに限って役に立たない害悪モンスター、teacher。やれいじめだ、やれ体罰だ、と暴れ回る暴君、PTA。どんな些細な問題でも告げ口を忘れない悪魔、地域の方々。どうだ?怖ェーだろ?」
「君は職員室に何か恨みでもあるの?」
あの青桐が真顔で言った。こういう奴にこんな顔されるといたたまれない。
いや、だって怖いじゃん。特に地域の方々。あいつら何でも見てんじゃん。あいつらは俺らを見守ってなんかいない見張っているだけだ。
「ところで雨宮先生って能力者なの?」
「お前はそればっかだな。病気か何かか?病院行ったら?そしてそのまま帰って来るな」
「おいおい。病気にしないでくれよ。で、どうなの?」
青桐はカブト虫を初めて手に取った少年のような目で訊いてくる。
「あの人は能力者だぜ。結構便利な。あー、そうそう。あの人を見て驚くなよ。驚き過ぎて目ン玉飛び出るかもしれねぇから目ぇつぶっとけよ」
そう、あの人はとある能力の影響で――って、説明するより見た方が早いか。
「驚くな?どういうこと?」
「ま、見れば分かる。百聞は一見に如かずだ」
こんな具合でくだらないやり取りをしながら校舎を歩き、職員室にたどり着いた。
「ねえ、桜間くん。ここまで来て申し訳ないんだけど僕、屋上に行きたい」
「お前、勝手について来といてなめてんのか?」
俺は青桐の胸倉を掴んで言った。
「いやいやなめてないよー。僕はただ青春の聖地である屋上に行きたいだけなんだ。憧れるじゃないかー。屋上で女の子と二人きりになって花火見たりとかさー」
青桐は両手をパタパタと振りながら言った。
「残念でした~。屋上に続く階段は鎖と南京錠で閉ざされてます~。青春の扉は閉ざされてます~」
口をとんがらせてなるべく相手をイラつかせるような言い方で話す。
「つーか青春ってなんだよ。綺麗な言い方しやがって。青春なんてな、所詮はリア充と性欲のシーソーゲームだ」
言いながら青桐から手を放し職員室の扉を十回叩く。
「ちょっと桜間くん。叩き過ぎじゃない?先生たちの迷惑だよ」
青桐は少し慌てた様子で言った。こいつから迷惑っていう単語が出てくるのが意外だった。
「迷惑もタウンワークもねーよ。これでいいんだ。さ、入るぞ」
と言って扉を開く。
そこに教師は一人もいない。それはたまたま偶然、教師がいなかったっていうわけではない。そこには教師どころかデスクやパソコン、コピー機などの職員室にありそうなものは一切ない。
そこは色とりどりの綺麗な花に風にたなびく草原、少し上を向くと室内なのに清々しいまでの青空、足元にはここを歩いてくださいと言わんばかりに緑が開かれ道ができている。まるで童話の世界のような静かで心地よい神秘的な場所。
「何、ここ!」
青桐はバカでかい驚きの声をあげた。
「とっとと行くぞ。扉、閉めとけよ」
言って俺は先に進む。青桐も「うん」と頷いて扉を閉め俺の後に続く。
「ねえ、桜間くん。説明してよ。ここはどこなの?」
後ろから青桐は疑問の声をあげていた。やれやれ。説明してやるか。
「お前、この学校の特徴知ってる?」
「特徴?全寮制ってこと?それとも能力者が全校生徒の七割を占めるってこと?」
「それともの方だ」
この学校の生徒の七割は能力者。これは異常な数字なのだ。確かにこの世界には能力者がごまんといる。でも能力を持たない無能力者だって同じぐらいいる。この世界の能力者と無能力者の割合は半々、いやそれどころかちょっと能力者の方が少ないぐらいだ。
それなのにこの学校の生徒の割合は能力者の方が多い。それも僅差ではなく確実に。平均的な数字としては一つの学校に大体、能力者は四割、多くても五割だ。でもこの学校は七割。な?異常だろ?
「能力ってのは人の身に余る力だ。そんなモンを持った奴らで溢れているこの学校は揉め事や面倒ごとが頻繫に起こりやがる」
俺は神秘的で静まり返った道を歩きながら続ける。
「だから政府は抑止力を立てることにした。それが俺と雨宮さんだ」
政府、それは能力を管理し監視する組織。能力者で溢れるこの世界では絶対的な権力を持つ組織だ。希望を背負った赤ん坊から死神背負ったジジババまで、どんな奴でも知ってる。あの能天気な青桐でも
「君って政府の人だったの?」
と声を震わせて驚くぐらいでかい組織だ。
「ああ。下っ端だけどな。で、ここはその揉め事なり面倒ごとなりの報告を受ける場所。俺があの人に呼ばれるってことはまたこの学校で何か起きたんだろうよ」
俺は肩を竦めながら青桐に説明した。
「なるほど。じゃあ職員室の扉を必要以上に叩いたのはここに来るためのおまじないだったりするの?」
「ああ。そうだ。職員室の扉を十回も叩く奴なんていねーだろ?」
ここは俺と雨宮さんの場所。部外者が入っていいところではない。だから誰もしないようなことをここに入るための鍵にしたわけだ。ま、たった今、部外者がガッツリ侵入してるんだけど。こいつはバカだし大丈夫だろう。
「これは雨宮さんの能力?」
「違う。これは政府の誰かの能力だろうな。詳しくは分からねぇ」
政府はたくさんの能力者を雇っている。その中にこんなことできる奴がいても不思議じゃない。
一通り話終えると青桐はポリポリと頭をかいて――
「でさあ、桜間くん。申し訳ないんだけどもう一回、最初から説明してくれない?」
は?
「お前今、なるほどって納得してたじゃん?」
「いや全然納得してないよ。まったく、君の説明は長いし眠くなるよ。みんなそう思ってるよ。この時点でブラウザーバックする人がいるのなら、君の長ったらしい説明のせいだよ。もっかい分かりやすくお願い。ピーチがクッパにさらわれたぐらい簡潔に頼むよー。サクオくん」
「サクオって何だ?もしかしてマ○オっぽく言い換えようとしてる?語呂悪いんだよ。もう少しましな呼び方考えろや!」
そんなこんなで十回ぐらい同じ説明をさせられた。そんなに俺の説明って悪かった?
そしてこんな説明を十回も繰り返していればここの最深部までたどり着く。最深部、雨宮さんがいるところまで。
気がつくとそこは深い森の中。その中に一軒の小屋がある。小屋の窓には透明なカーテンようなものが垂れかかって中にいる雨宮さんをシルエットでしか確認できない。
俺は小屋の前まで来て足を止める。
「なあ青桐。ここに入る前にも言ったけどあの人を見て驚くなよ」
「オーケー。君がそこまで言うならこの先に何があっても驚かないよ」
青桐は自信たっぷりの表情で任せてくれと言わんばかりに自分の胸を叩いた。やれやれ。何だか分からないけどまったく信用できないな。
そう思いつつも小屋の扉を開ける。
「いらっしゃい。あれ?鈴屋、後ろにいるのは誰?」
そこにいたのは身長が百三十五センチぐらいしかない灰色の髪をした幼女だった。妙に大人びたちびっ子だった。ま、大人びてもいるよな。
「桜間くん。雨宮先生ってどこ?」
理解できない。そういう間抜けな顔をしていた。
「は?どこって目の前にいるだろう?」
これは少し意地の悪い返答だったかもしれない。
「目の前って……もしかしてあの子が?」
「そう。ある能力の影響で幼女になっているけどこの人が雨宮先生。俺らより年上だぜ」
「えーーーー!!!!」
ほらな。やっぱり驚いた。まあ無理もないか。目の前にいる幼女が学校の先生だなんて信じられないもんな。
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