桜間鈴屋の能力

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桜間鈴屋の能力

 小屋の中にはオシャレなカフェとかにありそうな白い木製の椅子とテーブルだけが置かれているが他に家具と呼べるものはない。テーブルの上には綺麗な紫色の花と香ばしい匂いが漂う紅茶の入ったティーカップが一つ。それをゆっくり飲む彼女は椅子に座ると地に足がつかないぐらい小さい。 「ふーん。鈴屋のルームメイトね。こんなのだけど仲良くしてやってね」 「はい。任せてください。彼とはもう親友ですよ。ね。桜間くん」  何なんだ?こいつの適応能力は。さっきまで口をバカみたいに大きく開けて驚いていたのにもうこの人と、いやこの幼女と普通に会話してやがる。 「ま、親友ではないけどうまくはやれそうです」  そう言うと雨宮さんは微かに微笑んで一言「そう」と言った。  ……言うまでもなくうまくやれそうというのは噓だ。でもこの人を心配させないためにもここでは噓をつくしかない。青桐は「桜間くん。素直になちゃって~」とか言いながら肘でわき腹をつついてきたが俺はそれを気にも留めず雨宮さんとの会話に戻る。 「それで何の用です?」  俺は単刀直入に切り込むことにした。 「一か月ぐらい前からね。この学校でとても奇妙な事件が起きているの」 「奇妙?」 「ええ。この学校で連続暴行事件が起きているのよ」 「連続暴行事件?そんな話聞かないですけど?」  連続暴行事件。この人は奇妙だと言ったが俺はそれを聞いて物騒だと思った。そしてある疑問が生じた。この学校で暴行事件が起きているのならなぜここの生徒である俺がそのことを知らない?  全寮制の学校は世間が狭い。それは能力者で溢れるこの学校も同じだ。  そんな物騒な事件が起これば十中八九噂になり瞬く間に全生徒に知れ渡るだろう。友達のいない俺も含めて。だがそんな話聞いたことがない。俺から言わせればそのことの方がよっぽど奇妙だ。 「それは秘密にしているからよ。連続暴行事件が校内で起こっていると知れたら生徒がパニックになるでしょう?それにこの事件の犯人はこう名乗っているらしいわ。『能力者殺し』と」  『能力者殺し』? 「『能力者殺し』って都市伝説のあれですよね。能力者専門の殺し屋。確かにこのことを公表したら大騒ぎになりますね」  青桐が言った通り『能力者殺し』とはこの世界にある都市伝説の一つだ。この世界ではいるかいないか不確かな幽霊なんかと同じ類の殺し屋、『能力者殺し』。確かに殺し屋が学校に潜んでいるとなると大パニックになるだろう。だがそれなら―― 「なぜ暴行事件なんです?仮にその都市伝説とやらが犯行に及んでいるのだとしたら暴行だけじゃ済まないでしょう?」  普通に考えて殺し屋が襲った相手を殺さないのはおかしい。死人が出てないのは良いことだが殺しが起きていないのなら殺し屋の犯行ではないだろう。 「いやそれがね。暴行にあった子が言うのよ。『能力者殺し』にやられたって。犯人がそう名乗ったんだって。それが奇妙なのよ。私だってこの事件の犯人が『能力者殺し』だとは思っていないわ。私が気がかりなのはどうして犯人は誰も殺していないのにその名を名乗るのかよ。不思議だと思わない?」  確かに不思議だ。不思議であり奇妙だ。んー。俺が頭を使っても仕方がないな。あいつに変わろう。   「話は分かりました。ここは俺の領分じゃなさそうですね。探偵の方に変わります」  そう言って俺は能力を使う。この最強だけど最強ではない能力を。 「こんにちは。雨宮先生。君が青桐君か。僕の名は桜間鈴屋。別の世界の桜間鈴屋さ」  驚いただろ?そう、俺の能力は――。 「桜間くん?どうしたの?目も青くなっているし」 「落ち着いて青桐君。これが鈴屋の能力」  と雨宮さん。 「能力?」 「そう。鈴屋は別の世界の自分を呼び出せるの」  言った雨宮さんに続いて探偵が話始める。 「青桐君。君はパラレルワールドを知っているかい?」 「ああ。別の世界的なやつのこと?」 「そう。それ。パラレルワールドとはその人物が失った可能性。例えば君は学生だろう?でもパラレルワールドでは僕みたいな探偵かもしれないし戦場を駈ける戦士かもしれない。こっちの僕はその無数にいる可能性を呼び出すことができる。こんな風にね」  ま、自由に呼び出せるのは数人だけどな。パラレルワールドの俺は変人ばかりだ。利害関係が一致しないと力を貸してくれない。 「けど君は能力者じゃないって――」 「ああ。またくだらない噓をついたのか。ごめんね。こっちの桜間鈴屋は結構な変人なんだよ」 『お前に言われたくねーよ。大体、俺に手を貸しているのは謎解きをしたいからってだけだろ?』 『ばれた?伝説の殺し屋を名乗る謎の暴行犯。燃えてくるじゃないか』  パラレルワールドの俺は全員こんな感じだ。確かに無数にあるパラレルワールドの自分を呼び出すのは素敵なことだ。どこかの俺は神様だったりするし神様でも敵わないほど強い人間だったりする。天使だったりもするし悪魔だったりもする。それらを呼び出し力を使うことができる。  要するに何でもありだ。無敵であり反則級の能力だ。しかしパラレルワールドの俺には協調性が一切ない。それにこの能力は大きなリスクを伴う。 『ほら。とっとと話聞いて引っ込め』 『了解』  威勢のいい返事ともに―― 「それで雨宮先生。こっちの僕のこともあるので手早く事件の詳細を」  事件の詳細が語られるのだった。
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