桜の蕾にシャッターを

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「あなたに一目惚れしました! 一日限りのモデルやってくれませんか!」  莉子(リコ)は突然話しかけてきた目の前の男を凝視した。一眼レフのカメラを突き出すようにして男はニット帽で覆われている頭を下げている。最敬礼で顔が見えない。雪解けの進む浅春の街中、深緑の薄いダウン姿はどう見たってイカしているとは言えない。それでも莉子が「いいよ」と言ったのは、男の指が思ったよりも綺麗だったからだ。ばっと顔をあげて嬉しそうに笑った男の顔はイケメンでこそなかったが、「愛嬌はあるな」と思う。華やかではないが清潔感があった。 「ありがとうございます!」 「変な撮影は受け付けてないからね」 「大丈夫です。その代わり、もしも昼食がまだなら、そこのオープンテラスで食事をしませんか?」 「デートのお誘い?」 「写真も」 「欲張りだね」  照れたように頬をかいた男の姿を莉子はもう一度観察した。背丈はそこそこ。ダウンのせいで分かりにくいが、足回りを見る限り太っているわけではなさそうだ。よれたグレーのズボンのせいでやぼったい。カメラは良いものだと素人の莉子でもわかる。四角いシルエットの肩掛け鞄は重そうだ。カメラの器具が入っているのだろう。腕時計は水濡れや衝撃に強い、有名ブランドのものだ。黒くてシャープ、そこだけはかっこいい。 「とりま、あんたお金ある?」 「え、お金?」 「詐欺ろうとかカモろうとかそういう魂胆じゃないから安心して。あんたの服がダサいから買いに行こうってんのよ」 「僕の?」と目を瞬かせた男に対し、莉子は当たり前でしょうと腰に手を当てて言う。莉子は自分の容姿に自信があった。自分でももちろん、綺麗に見えるように気を付けている。服装、化粧、立ち居振る舞い、髪型。爪の先まで綺麗に見えるようにしている。 だから、容姿に無頓着な男性をそばに置くのは我慢ならなかった。一応新品のように見えるニット帽も、肌の色に合ってないし、ダウンとの色合いもちぐはぐだ。 「不思議の国のアリスの芋虫みたいな服なんだもの。私も見た目がいい男にとられたほうが気分がいいから、いい写真を撮りたいと思うならこれは必須よ」 「芋虫」 「そうよ。行きましょ。早くしないとあのオープンテラス、混むわよ」
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