ー9ー

2/2
前へ
/14ページ
次へ
「何故、泣くのですか」  ぼたぼたと、声も無く涙が溢れていた。レイナちゃんは、そんな僕を不思議そうに観察している。この瞬間、彼女が人間とは異質の存在なのだと腑に落ちた。 「何故? 地球が――人類が滅んだんだぞ!」  スクリーンを指差して、睨みつける。それでも、彼女は無表情で小首を傾げた。 「これは、単なる実験の終了です。貴方達が『地球』と呼ぶ星は、我々の実験フィールドの名称です」 「じ、実験?」 「期待する成果は、まだ得られていませんが」  彼女は苦笑いを浮かべた。 「僕を、どうするつもりだ。文字を……地球の文明を奪っておいて」  100億に迫る人類も、世界各地で花開いた多様な文明も、彼女らには無価値なのか。 「文字? それは弊害です。無用な結託を生みますから」 「どういうことだ」 「ナカタさん。貴方達(じんるい)が、地球文明を1から築き上げたと、本当にお思いなのですか?」  ガラス玉みたいな瞳が、見下ろしている。 「これまでの地球文明は、余すところなく我々のデータベースに保管されています。新たな実験開始時には、我々が必要なデータを与えるのです」  踏みしめていた土台が、足元から崩れていく感覚に襲われる。グラグラと目眩がした。 「ここでは、次の実験に投入する継承者(プロトタイプ)を選定しています。私は、貴方が適格か否か判定されるまでのガイドです」 「不適格だったら――どうなるんだ?」 「初期化(フォーマット)したのち、標準データ(デフォルト)をインストールします」 「それじゃ、僕の記憶や人格は」 「心配ありません。我々が必要なデータは、既にプールしてありますから」  レイナちゃんはニッコリと笑った。ゾッとするほど可愛らしい表情で。 「我々って、お前ら何なんだっ! 神のつもりなのか!」 「神? それも我々の与えたデータの1つに過ぎませんが?」  恐怖と憤りが渾然一体となり、衝き上げるように咆哮した。 「ふっざけるなああぁっ!!」  気が付くと、飛び掛かっていた。けれども、彼女の身体を通り抜けた僕は、無様に転がった。 「ここまで。強制終了(アボート)します」  無機質な音声が流れた。  黄土色の地面に貼り付けられたまま、意識が夜空の闇に侵食されていく。  無関心な双眸が、僕を捉えている。せめて蔑まれたのなら、まだ救われたのに――。 【了】
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

22人が本棚に入れています
本棚に追加