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 文字が消えた。  部屋の中から――僕の頭の中から。  手掛かりを与える本は無く、調べるためのスマホは壊れ、情報溢れるテレビはつかない。  こんな徹底した状況が示しているのは、誰かが意図を持って奪った、ということだ。  キッチンで水を2杯飲む。冷蔵庫から鶏肉のパウチを1つ吸引して、トレーナーとジーンズに着替える。  部屋の外へ行こう。  外界がどうなったのか、危険があるのか、分からない。分からないけれど、ここに籠もっていて、何が変わるとも思えない。  ――ガチャリ  ドアノブを回す。見慣れた入居者専用駐車場は無く、アスファルトの代わりに乾いた黄土色の台地が広がっていた。  ジャリ……。  一歩踏み出して、土の感触をスニーカーの底で受ける。  もう一歩進んで、振り返る。 「あぁ……」  やっぱり。少しだけ、予感はあった。2階×4部屋、8戸ある筈のアパートは、切り出されたプレハブみたいに、僕の部屋だけがポツンと存在していた。  もちろん、周囲に建物の類は、何も無い。人工物も、自然の――植物さえも。  この世界に、僕以外の人間は居るんだろうか。  意を決して、部屋に背を向ける。乾いた音を立てながら、黄土色の荒野を前進した。
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