契約後

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 私とゼシールが出会ったのは、私がこの国に来て少し経った頃だった。マーディラ様がのめり込んでいた隣国の役者、が居た国で子爵令嬢として生を受けた私は、簡単に言えば、政争に巻き込まれた父が罪を被せられて処刑。母とたった1人の跡取りであった私は国外追放の身になった。母も貴族の娘だ。働いた事など無い。しかもこの国に伝手などまるで無い私達母子。  まぁ有り体に言えば、食うモノにも困るその日暮らしというやつで。母はあっという間に病気になった。このままでは母子共々心中の身。という事で、私は娼館に足を運んだ。但し、腐っても元貴族令嬢。高級娼館の扉を叩いたのだ。で。娼館の主と会って拾ってもらい、来るべき日に備えていた。高級娼館は簡単に言えば、貴族向けの娼館で、閨事を勉強する貴族令息達のお相手を務める。  で。この国の王族も偶にやって来るらしく。ゼシールも閨事教育の一環で足を運んで来ていた。で。私がおメガネに叶ったわけで。互いにハジメテ同士ってやつだ。ちなみに王族の教育の一環だから、教師が居て、その目の前でコトに及ぶという、なかなかハードルの高い経験だった。それはさておき。  何度か通って来たゼシールに、私は少しだけ自分の事を話した。  元は隣国の下級貴族令嬢だったこと。父は罪を被せられたこと。母が病気になって2人で共倒れになるわけにはいかないので、薬代を稼ぐためにここに来たこと。  でも、本名は明かさなかった。  それは捨てた名だ。  だから、ゼシールが私を名付けた。それがミネルヴァ。何でも女神様の名前らしいが、女神様に失礼だろう、とは内心思っている。  それからもう一つ。ゼシールに話したことがある。両親と娼館の主以外は、知らなかったこと。  この国や私が生まれた隣国、その他の国でも魔法を使える者が生まれる。ゼシールも魔法を使える。でも全員ではない。国王陛下は使えないらしい。  そして私も使えるが、私の魔法は数少ない特殊魔法である。普通、魔法は、水・火・土・風のどれかが多いけれど、例外が居る。私はその例外だ。例外魔法は様々で、結界が張れるとか、傷を治せるとか。  私は、人間に限るが、老若男女問わず姿を変えられる。  という事を話した。ゼシールがこの国の王族だとは知らなかったが、彼を信用したのは、ハジメテの相手だったから、かもしれない。ゼシールが驚いて、私に姿を変えてくれ、と頼んだのが始まりだった。  それから娼館を辞めた私は、王家の手の者として飼われている。依頼は王家を通して受けていて、今回のように貴族のトラブル処理だ。今回はマーディラ様とアレイド様の婚約破棄。但し、マーディラ様が酷いのに、マーディラ様の方が爵位が上で、アレイド様は踏んだり蹴ったり、という状況になりそうだったので、アレイド様有利での婚約破棄を王家から……王妃様から依頼された。表立って王家がアレイド様の有利に婚約破棄は出来ないから、だ。  アレイド様は、第二王子の側近の1人で、実は姿を変えている私とは、良く顔を合わせている。  私はどんな姿にも変われる。  今も、貴族令嬢から、護衛の男性だ。普段は王城を守る兵士の姿で城内に滞在している。私がゼシールに買われ、王家に飼われているのは、報酬金が高かったから。母の薬代に私の生活費。お金はいくらあっても構わない。そんな理由から。  母が他界した時、辞めようとは思わなかった。既に、王家の手の者になってから2年が経過していて、王家の闇を知っていたから。自分の命を守るために続けている。トラブル処理も楽しいけどね。  男性になって悪女を誑かしたり、私腹を肥したオッサンの懐に入り込んで証拠握ったり。逆に国の地方に足を伸ばして、不当な目に遭っている人に対して、きちんと報酬を与えられるようにもした。  ゼシール曰く監察官って言うらしい。  姿を変えられる私に持ってこいの仕事だ。  それともう一つ。私が辞めない理由がある。  現在、学院から去って、ゼシールの私室に来た私は、ゼシールの望みの通りに姿を変えている。国王と側妃の娘にして、ゼシールの姉であった王女様の姿に。  ゼシールに私が姿を変えられる事を話した時、頼まれたのが、この姿だった。私とゼシールが出会う少し前に病で亡くなったという。で。あまりにもそっくりに姿を変えた私を、ゼシールは引き取った。それ以来、国王と側妃とゼシールのために、時々ゼシールの姉である王女様に変わっている。  変えられるのは姿だけで中身は私なんだけどね。  それでも良いらしい。特にストレスが溜まったゼシールに、良く言われる。この姿で膝枕をして頭を撫でてもらいたい、と真顔で言われて、ちょっとドン引きしたのも、今は良い思い出だ。ゼシールの側近・ニルも当然私の事は知っていて、だから私はニルから不敬だ、と言われた事は無い。  そんなわけで、ゼシールの頭を撫でているわけだが。もうこれっきりだよね、と思っている。  「ねぇゼシール」  「何?」  「もうそろそろ、私はこの姿をやめるよ」  言った瞬間、ゼシールが顔色を変えて飛び起きた。凄い反射神経だな。  「何故」  「だって、これからゼシールは婚約者さんと結婚して、この国を守っていく。その疲れを癒すのは、私じゃない。どれだけゼシールのお姉さんに姿を変えても、私はあなたの姉じゃない。これからは婚約者さんに甘えなさい」  私の諭す声にゼシールが顔を歪ませる。あらま。拗ねちゃった。同い年だけど、こういう表情は、子どもみたいだよね。  「ミネルヴァは俺の側に居てくれないのか」  「側には、居るよ。時に兵士として。時に護衛として。時に陛下の愛妾として」  基本は兵士として城内を彷徨く私は、王妃公認の愛妾という女の姿も持っている。もちろん嘘だけど。そして、その姿も本当の私の姿じゃない。  「なら、いいじゃないか」  「これから結婚したら、婚約者さんが驚くよ。亡くなったお姉さんの姿の私を見たら」  「見せない」  「変に疑われたくないでしょ。新婚早々愛妾を持ったとか」  「別に構わない」  「ゼシールが構わなくても、婚約者さんが構うよ」  聞き分けのない子どもみたいなゼシールに、言い聞かせる。それでもゼシールは眉間に皺を作ったまま。
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