一人と一匹は楽園へ旅立つ

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「これが春なのね」  私の言葉にハルは満面の笑みを浮かべる。 「春が来たらもっとすごいですよ」  ハルは柔らかい調べにのせて春を歌う。淡い日差しが降り注ぎ、雪は溶け地中に眠る生き物が顔を出す。そよぐ風が花の香りを運び北の果てに住む全ての者が微笑むのだ。  私とロアはまだ体験のしたことのない春に思いを馳せながら、雪空が落ち着くと予定通り旅立つことを決めた。  私は頭から足元まで防寒対策をしてリュックを背負うと、森の広場で出発の挨拶となる祈りを捧げる。白妙(しろたえ)の蕾はいつもと変わらず煌めき、私達を温かく送り出してくれるようにも思う。 (行ってきます)  私達はハルの案内と手持ちの地図とコンパスを頼りに森を進み、時折休憩を挟みながら北上を続けた。日が傾き始める頃には野宿の準備を始め早目に火を起こして食事を済ませる。夜はロアの見つけた巣穴の跡に身を潜め翌日に備えた。
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