第1話

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第1話

「ふざけんな! ギルドは便利な事後処理役じゃねぇんだぞ! いくらクソ野郎の不可抗力だったとはいえそのクソ野郎と関わらねぇように立ち回るのが俺たちの仕事だろうが!」 「いやぁ。ごもっともです。以後気をつけますよ」  ケイとタキタは二人の本拠地、アポロジカの運び屋ギルドに居た。そして怒られていた。二人は仕事を首尾よく済ませた後、ここに戻ってきたのだ。予想通りギルドの代表パドックはお冠だった。その巨躯から伸びるゴツイ腕を組んで二人を睨みつけている。 「テメエらの以後気をつけますは聞き飽きたわ! 受ける仕事受ける仕事でトラブル起こしやがって!」  と、そこでケイは一つあくびをかました。 「おい、ケイ! 話聞いてんのか!」 「はいはい、聞いてるよ。理不尽な言い分はしっかり耳に入ってるよ」 「なにぃ?」 「ちょっとケイさん」 「大体さ。仕事でトラブルが起きるのはそっちが無理のある仕事ばっかり押し付けるからじゃん。あんな裏組織を売って足抜けしようとしてるおじさんの運送なんてトラブルが起きない方がおかしいんだよ。あれでトラブル起こさずに済むやつなんて少数だよ。それにあれは正真正銘の不可抗力だった。まさか港で戦車使ったり、街の軍だの警察だのがいっぺんに襲ってくるなんて思わないじゃん。どうしろっていうのさ」 「ああ、ああ。分かるさ。お前らの言い分もな。だがな、お前らにはその分の金渡してんだよ。ついでにその条件で引き受けたのもお前らだ。だったらこなせ」  パドックは指をケイに突きつける。ケイは顔をしかめた。 「でもさ。あっちの親玉、私のこと調べてたみたいだよ。多分ここの情報をハッキングしたんでしょ。落ち度はそっちにもあるんじゃない?」 「な、なに......」 「おかげで依頼人は必要のないピンチに陥ってたんだよね。それを踏まえてもまだ言うの」 「......っち。さっさと行け。だが、トラブルは起こすなってのだけは頭に叩き込んどけよ!」 「はいはい。『なるべく』ね」 「『絶対』だ!」  相変わらず怒りの収まらない様子のパドックを尻目に二人は事務所を後にした。 「あんなこと言っててもネットワークの業者は安いとこから変えないんだろうね」 「ケイさん。あんまり代表に噛みつかないで下さいよ。今日はいつもに増して言ってましたよ」 「いつもに増して理不尽だったからイラついただけ」 「まったく。代表の機嫌を損ねたら仕事減るんですよ?」 「だからってタキタみたいにへいこらしたくはないよ」 「言い方きついですよ」  二人は街に出た。アポロジカ連邦の首都メイフィールドの町並みだ。大通りには人や車がひっきりなしに行き交い、空高くそびえるビル群が景色を埋め尽くしている。世界でも有数の大都市のこの街には古今東西から人や物や金や文化が流れ込み、別の形に変わってまた流れ出ていく。二人はそんな街で運び屋を行っている。  運び屋、またはポーター。依頼された物や人を依頼された場所まで届ける職業だ。今の時代、街の中にまで魔物が入ってくることはないがその外にはまだ存在している。そんな危険な道や地域を渡り荷物を届けるのが彼らの役目だ。必然、この職業に就く者たちは腕っぷしの強いものが多くなる。ケイもその一人。タキタは輸送ルートや運転など頭脳面の担当だ。起源こそ魔物からの積荷の護衛が仕事だったのだが時代とともに仕事の幅は広がり先日のような裏世界の仕事や、政府が絡むような仕事もある。運送が主である事以外半ば便利屋のようになっているのが今の時代の運び屋だった。そして、運び屋を生業とするものは基本的にギルドに所属しそこから仕事を貰う。報酬もギルドを通して貰うので今のような小競り合いが発生することも珍しくはない。 「とにかく昼飯にしましょうか。昨日からずっと移動で疲れましたよ。ゆっくり座ってご飯を食いたいです。パスタとかピザとかおしゃれなものが食べたいですね」 「ええ。ラーメンで良くない。将雷軒の」 「またあそこですか。いつもあそこじゃないですか。ケイさんはラーメン好きすぎですよ」 「ラーメンなら間違いないよ。疲れてるんならなおさら」 「嫌ですよ。落ちつた店で落ち着いた料理を食べたいんですよ私は」 「じゃあジョゼットにしよう。あそこならスパゲッティもラーメンもあるし」 「いや、あそこはおしゃれな店じゃないですよ。昔からある色んな要素がごったがえした色物ですよ。それからスパゲッティじゃなくてパスタです」 「もうめんどくさい。ジョゼットに行くよ」 「ええー。マジですか」  そもそも『おしゃれな店』とか言っている時点で料理店における認識のお里が知れるというものだったがとにかくタキタはケイに続いた。まったくタキタは不服だったが良い加減問答を繰り返すのも疲れた体に堪えると思ったので折れたのだった。  『ジョゼット』は4区画ほど言ったところにある喫茶店だった。昔からやっているじいさんが店主の店だ。客の要望に合わせてメニューを増やすうち、何料理屋なのか分からないほど国際色豊かなラインナップになった混沌とした店だった。そんな中で店主のおすすめメニューはたらこスパゲッティである辺りも良く分からない店だった。 『グリーンエアライン、格安ツアーのご案内です。今なら2泊3日のルルパ旅行が...』 『ハイウェイフライドチキン、9ピースが10%オフ。今日だけ!』 『ステラ社がお送りする新しい乗り心地。圧倒的な快適性をあなたに....』  フリースクエアの大型モニターは次々とCMを流していく。メイフィールドの中心街の真ん中にあるこのモニターは広告塔であり街のシンボルだった。 『世界の安定と平和のために。皆様のご支援とご協力で大陸統合管理局は成り立っています。これからも変わらぬ公正公平な世界を.....』  と、ケイが舌打ちをかました。 「白々しいCMだよ」 「管理局は今日も変わらずですねぇ。こないだのサティファスとガトロラクルの一触即発の事態も管理局の介入で穏便に解決されたと聞きますし。鼻高々なんでしょう」 「その情報もどこまで真実かなんて分かったもんじゃないよ」  大陸統合管理局。通称『管理局』。全部で143カ国が存在する世界最大の大陸、セルメド大陸全域の国々の仲介役でありそれぞれの国々の統治に協力する世界最大の超国家組織。元前世紀の国際連盟の一部局だったが150年前の『大災厄』の際に一気に巨大組織へと成長した。今や国家間の紛争の解決から、経済、政治、インフラや企業運営、果ては文化の交流までありとあらる分野に介入している。謳い文句は『各国の活動を後方から支え世界の平和と安定の礎となる』である。  が、その裏では黒い噂もちらほらと立つ組織で良い印象を持たない者も多い。『後方支援』を謳っているが組織の構造と活動内容を見れば実質各国、引いては世界の舵を握っているのは管理局だ。実際、各国一つ残らずに支部が存在し、それぞれの統治者は管理局の協力なくしては国家の運営を行えなくなっている。裏で『世界の管理人』と呼ばれるのも当然のことだ。表立って権力を誇示することこそないもののこの世界が管理局を中心に回っているというのは人々の共通認識だった。 軍事力の不保持を掲げてはいるものの、協力関係にある教会の『騎士団』が実質彼らの軍隊であるのも胡散臭さに拍車をかけている。そういうようなグレーの領域にある強大な組織が大陸統合管理局だった。そして、ケイたちが所属している運び屋ギルドも国家をまたいで運営されているという性質上、管理局が経営に介入しているのだった。 「この間も管理局絡みの仕事蹴りましたもんねぇ」 「私はあの組織が大嫌いなんだよ」 「まぁ、致し方ないですねぇ。こればっかりは」  タキタはため息をついた。管理局から降りてくる仕事はホワイトなものが多い。報酬もそこそこ良くかつ後ろ暗い『荷物』であることはないし、危険も少ないのだ。なので普通の運び屋は喜んで受ける。なんなら取り合いになる類のものなのだがケイが管理局嫌いなので二人が関わることはなかった。タキタも魅力を感じないではないが相方がこうなので仕方がないと割り切っていた。 「まぁ、とにかく早くジョゼットに行きましょう。お腹ペコペコですよ」 「そうだね。私も腹ペコだよ。イラついた分余計にね」 「ケイさんは基本いつも不機嫌な気がしますけどね」 「言葉が多いよ」  ケイは顔をしかめた。だが、自分の性格が大分きついのはケイも自覚しているところなのだった。  とにかく二人はジョゼットに向かった。
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