マスター

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『マスター  それでも私は  勝ったと言えるのでしょうか』 「あぁ  君はやはり  戦いに勝ったのだよ。」 老人は  ゆっくり  ゆっくりと頷く。 苦しそうに咳払いをする老人の背中を 彼女は優しくさする。 「あぁ・・・ありがとう」 声にならない声で 老人は礼を言う。 『私は  そうは思いません』 「君の意見を  聞こうじゃないか。」 老人は 身を乗り出して 興味を示す。 『あの日  戦争が起こりました』 「・・・・・あれはいつだったかね・・・」 『20年前の今日です』 「あぁ・・・そうだった・・・そうだった・・・木枯らしの吹く寒い日だった・・・」 老人は  天を仰ぎ見る。 「・・・息子は・・・先陣を切り・・・最後に・・・あの子を・・・抱きしめてやりたかった・・・」 『申し訳ございません  マスター』 「いや・・・いいんだ。運命は 誰にも変えられない。 もちろん 科学を用いてもな・・・・・・過去を葬り去ろうとするのは・・・我々の悪い癖さ・・・」 科学が発達した社会の中で  その技術を利用し莫大な富を築いた者と それ以外の者との間に大きな溝が生まれた。 20年前  暴走化した一部の上層貴族に平民が訴えた。 しかしそれは 兵器や虐殺によりあっという間に鎮圧されてしまった。 その記憶は  彼女にとっても  老人にとっても  本当は思い出したくない記憶。 『マスターは 私を人間だと言って 守って下さいました』 「君がロボットだと知られたら、欲深い彼らは君を捕縛し、改造してしまうだろうからね・・・」 『奥様は 私の手を引いて 走りました』 「妻も同じ気持ちだった・・・」 『娘さんは 地下シェルターで私をずっと抱きしめて下さいました』 「あの子にとって 君は姉のような存在だったからね。最も、その頃は君が妹のように見えたがね・・・」 『私は成長しません』 「そうだったね・・・そうだったね・・・」 老人は 何度も何度も 同じ言葉を繰り返す。 『私単体では すぐに滅んでいたでしょう マスター   これは私の勝利ではございません 』 「そうか・・・そうか・・・」 彼女は無表情で 小刻みに震える手を見つめる。 『暖房をつけましょうか』 「いや・・・大丈夫・・・これは、そういうものとは少し違うんだよ。」 老人の言葉は、残念ながら彼女には理解できない。
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