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◇
結局、複雑な感情を抱えたまま、帰省の時期が来てしまった。
大切な話があることを伝えておいた方がよかったのだろうが、何もかも言わず仕舞いだった。
「二人とも、無事に就職が決まって本当によかったわね!」
実家に帰ると、母親の直子が朗らかに迎えてくれた。
直子は、テーブルに麦茶や茶菓子を並べながら次々と話しかけてくる。それに対して大樹が、実の息子のように慣れ親しんだ口ぶりで返していった。
いつもどおりの風景だが、誠の胸はドキドキと鳴りっぱなしだ。いつカミングアウトするのだろうかと、気が気でない。
「誠? どうしたのよ、ボーっとして?」
「えっ……あ、うん」
直子の呼びかけにギクリとする。目と目が合って、咄嗟に目線を逸らしてしまった。
「コイツ、卒論が進まなくて憂鬱なんだって」
すかさず大樹がフォローを入れてきて、直子も「なるほどね」と苦笑する。助けてもらえたのはよかったが……、
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