不可解?自殺?事故?少女転落事件

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まったく、勢いと情にほだされて厄介な依頼を引き受けちまった。結局のところ、末山高菜の最期が明らかになれば満足するのだろう。矢島勉の素行調査という名目で着手金を受け取った。 彼女の足取りについては転落の一分前まで画像付きの位置情報でわかっている。二月一四日の一四時一三分、心斎橋タワー最上階にあるスパシーボ!で矢島勉と食事をしていた。 二人のやり取りは複数のカメラに収められている。とても和やかな雰囲気でありふれた似合いのカップル。高菜が学生鞄から小箱を取り出してテーブル中央に置いた。中身は言うだけ野暮だ。 それを挟んで楽しそうな会話が記録されている。ちょうど大阪湾を動画撮影していた老夫婦のスマートフォンが捉えていた。他にも複数名の外国人観光客が立ち会っていいる。 矢島は夏美の妊娠にはふれないまま、プレゼントを受け取った。その後、事態が急変する。高菜の笑顔がみるみるこわばり「どっちにするの?」と声を荒げる。 「な、何のことだ?」と勉は戸惑い、彼女が畳みかける。 「知っていたんでしょう?」 「本当に何も知らないだ。説明してくれ」 バンと両手をつく高菜。 「どっちでもいいって?! あたしのことを何だと思っているの?」 泣きじゃくる様子に狼狽する勉。 そして、その後で決定的な一言が放たれる。 「好きに…しろ」 残念ながらこの会話部分は降って沸いた喧騒にかき消され、部分的にかなり不明瞭だ。多くの専門家やフォレンジック業者が解析を重ねて以上の五文字が復元された。 そして、悲劇の幕が開いた。 高菜はレストラン隅の従業員通路から非常扉を通り、展望台の作業用足場に移動した。 慌てて追いかける勉が防犯カメラに映っている。 運命の14時14分、高菜は風に身を任せた。 この間の音声記録は保存されていない。従業員通路から足場に至るルートに機械警備は配されているものの、収音する機能まで必要ないらしく省かれている。 いったい、二人の間にどんないさかいがあったのか。警察の聴取に対して勉は「わからない」と供述を繰り返している。 隠蔽や黙秘でなく本当に何も知らされていない。可視化された調書を見る限り、彼は嘘をついていない。俺の勘と経験が断言している、 検察は矢島の言動を自殺幇助ときめつけた。高菜は不貞行為を知っており、踏み絵を迫る意味でバレンタインデーに臨んだ。そして真意を問いただしたに違いない。 ところが、勉は事実認定を拒否した。「知らない」と言い切ったのだ。 ショックを受けた高菜は最後通牒をつきつけた。 二者択一を迫ったのだ。 冷血な勉は「好きにしろ」と突き放し、自分を見失った高菜は衝動的に身を投げた。 これが検察のストーリーだ。 裁判員はこぞって有罪を主張したが、地裁判事は「好きにしろ」の一言だけで高菜の背中を押すには弱すぎると判断し、無罪とした。 その論拠は彼女を追う勉の姿だ。従業員通路か非常口に向かう彼を複数人が目撃している。 自殺を翻意させる意図があったと認定され、殺意は否定された。 「うちは超能力者でも呪術師でもありませんのでね」 日本橋五丁目の古びた雑居ビルで俺は門前払いされた。そりゃそうだろう。切手より小さな人物像の唇を読めと言うのだから。 心斎橋タワーから通り一つ隔てたビルのカメラが足場を視野に入れていた。気象通報用の定点観測カメラだ。 「やはり、映像解析のプロでも無理ですか」 「ハッ! 近ごろじゃ何でも映像、二言目にAIだ。万能じゃないんだよ」 けんもほろろに追い出された。 ちくしょう。これで有力な望みは絶たれた。あとはと言えば、店内にいた客の証言だ。検察は全員の身元特定と事情聴取を終えていて、その中に最後の会話につながる手掛かりはなかった。 「待てよ…その手があったか」 俺は考えうる次の一手を巡って葛藤した。倫理観と倦怠感が渦を巻く。飛田新地か針中野あたりにある霊能者に千円札を五、六枚握らせればもっともらしい証言が得られる。 おそらく八十吉に感謝を込めて締めくくるというオチだろう。確かに悪魔的な解決策ではある。真面目に仕事を請負っているふりをして行き詰ったらカンニングすればいいのだ。 「いかんいかん…しかしクライアントが望むならば手段に拘る理由もないだろう」 その夜、八十吉を北新地の焼鳥屋に呼び出し、おそるおそる提案してみた。 「どんな方法を使っていただいても構いません。娘に一目会えれば」 男は額を畳みに擦りつけた
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