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もしもシリーズ 人魚姫編
「ポラード王子が溺れた?」
私の可愛い子達がそう報告に来たので、仕方なく海に飛び込む。
今日の海は荒れている。こんな日に甲板になど出たら、そりゃあ転落もするだろう。
―― バカじゃないの?
海中を泳いで探し、水面を見上げれば、ポラード王子がブクブクと海底へと沈んでくる。
私は仕方なく泳いで行ってポラード王子の肩を支え、水面へと運び上げた。
「高杜さん」
「王子様、大丈夫ですか? すぐに岸に……」
「ええ。何としてでも、岸まで」
「お連れしますわ」
そう言って岸近くの浅瀬まで運ぶと、ポラード王子は自らの足で立った。
「助かりました、高杜さん。共に岸へ上がりましょう」
「ええ。でも私は、王子様が帰られてから岸へ上がりますわ。濡れたままでは、その……」
私は恥ずかしそうに目線を逸らすと、肩まで水に浸かった。
「やはりそうですか。貴女は人間ではない。最初は河童の線が濃厚と考えていましたが、そうでもないようですね」
「人間でもなければ河童でもない。それでは正体は一体、何だとお考えですの?」
「魔物の類かと考えています」
「魔物? 非科学的な事を仰るのね」
私は右手で口元を軽く隠しながらも、ふふふっと楽しそうな笑い声を響かせる。
―― どうせ、真相になんて辿り着けやしないわ。
「そんなに可笑しいですか? でも魔物以外、考えられないんですよ」
「根拠を仰って下さいます?」
目に浮かぶ涙を指で拭いながら、私は猶も笑い続ける。
―― 根拠なんて、本当に見つけられたのかしら?
「こんな大荒れな海を、慣れた様子で優雅に泳がれたので。それなのに、貴女には疲れた様子が見られない。まるで水を得た魚のように泳いでいるように見受けられました。……人間や他の動物では、不可能です」
「……成程。良い所に着眼なさったわね。それで、正体に目星はついていらっしゃるの?」
「恐らく、マーメイド。それ以外、考えられません」
真相を言い当てて来た。
私は驚いて瞠目すると、次いで「あははははははっ」と声を立てて笑ってみせた。
ここは、しらを切りとおすしかない。
「何を言い出すのかと思ったら、マーメイドですって!? 王子様、疲れていらっしゃるのでは?」
「いえ、疲れてなどおりませんよ。……証拠は、揃いましたから」
「証拠なんてあるのかしら? 見せて頂きたいわ」
「証拠ならこちらに」
そう言って提示されたのは、キラキラと光る鱗だった。
「それの、どこが証拠なのよ?」
「では、確かめてみましょう。証拠なら目の前にあります」
そう言ってポラード王子はザブザブと水を掻き分けながら私の所まで来ると、「失礼を」と言って私を横抱きに抱え上げた。
「足を上げてみて下さい」
―― しまった。水に濡れたままの私に、足はない……。
本来そこにあるべき私の足は鱗に覆われ、二本に分かれたすらりと伸びた足は水中のどこにもないのだ。
そんな特異体質に気付かれないよう、毎回水に濡れないよう、気を付けていたというのに――!!!
「やってくれたわね。惚けた顔して、気がついていただなんて!」
油断していた相手の罠に、やすやすと嵌められてしまった怒りで、頭の中が瞬時に沸騰する。理性で押さえていた極上のエサを求める欲望が身のうちで暴れ出し、その肉を喰らおうと獲物を見定めた。
ポラード王子はそのまま立ち上がり、私を抱き上げて水揚げする。
「陸では貴女の動きは封じられる。このまま岸へ上がれば、終わりだ」
ポラード王子の勝利を確信したかのような、自信に満ちた口調が気に入らない。それに、水に濡れた私を抱きあげて、平然としているところも。
「……ポラード王子。気が利かないのね。私だって、心は乙女なのに」
「いくらサバを読んでも救いはありません。私はただ、貴女の肉を食べて不老不死の力を手に入れられる時が来る事を願うだけです」
「お…のれ……っ! この…乙女心一つ理解しない朴念仁が ――っっ!!」
尾ひれを振り上げて腕から逃れようとするが、その腕の中から逃れられない。
陸に上げられてしまったが、濡れているため足はヒレのままだ。逃げることも叶わない。
「これで貴女は逃げられない。人魚の肉は不老不死、涙は真珠、血は若返りの薬。あぁ、予言も出来るんでしたっけ?」
「……何? その最後の予言って」
「ハルフゥは予言が出来たと思いましたが……。種族が違いますか? ローレライは船を沈める力が、メロウは人間と結婚して子を産むんでしたっけ?
セイレーンは美しい歌声に魅入られた男を水中へ引きずり込んで食べ、子を産むんでしたよね。貴女はどの種族ですか?」
「答える義務はないわ」
「まぁいいですよ。同じ人魚なら、訓練すれば出来るようになるかもしれません」
「……無理でしょ」
「とりあえず、折角捉まえたので監禁します」
馬鹿ね。
足が濡れていなければ、私のヒレは2本足に早変わりして、陸でも移動可能になるのよ。
だがしかし、私の足が乾く前に、ポラード王子は私をちょっとした露天風呂サイズの風呂場へ監禁した。
そして時間を見つけては、予言が出来るように教育しに来るのである。
昨日は読心術。
そして今日は、どうやら箱の中身を当てさせよう訓練のようだ。
「この箱の中身を当てて下さい、高杜さん」
「……予言、よね? それ、透視能力じゃないの?」
「まずは超能力から極めるべきかと思いまして。で、この箱の中身は?」
「分かるわけないじゃない」
―― やっぱり、馬と鹿の間の子なんじゃないの?
「それを考えて下さい。当てることが出来たら、魚をあげます。新鮮ですよ」
「……私、水族館のイルカやトドじゃないわよ」
「文句が多いですね。じゃあ、アストラダムスの予言書でも朗読を……」
「それ、随分昔に外れた予言書よね?」
―― つまらないわ。
そう思った私は、パシャリと水しぶきを上げてお風呂の中に潜って泳ぐ。
すると、脳裏にピピっと映像が浮かんだ。
それは、私とポラード王子の未来。
―― そんな未来って……!!!
この内容を、言うわけにはいかない。
私のプライドが許さない。
というか、こうなったらいいわねと思う出来事だけど、素直に認めたくはない。
―― でも、どうしてそんなことに……?
「高杜さん!」
急に水中で動かなくなったのを不審に思ったのか、ポラード王子が慌てて私を抱き上げた。
「こんな浅瀬で溺れることはないでしょう」
「溺れてなんていないわ」
「もしかして……何か天啓でも?」
まさか貴方との未来が見えたとは、口が裂けても言えないし言いたくない。
だから私は、適当な言い訳を探した。
「た……太陽が月に隠れるわ!! 今度の冬よ!!」
「それ、皆既日食ですよね」
何を言い出すかと思えばと言わんばかりの顔を私に向ける。
「昔はそれで為政者の首が飛んだわ。天の怒りに触れたと民衆が思って」
「今は解明されているので、首が飛ぶことはありません。どうせ予言するなら、もう少し役立ちそうな予言をして下さい」
「……ロクデナシしてると、民衆がクーデター起こすわよ」
「大丈夫です。もう諦めてると思いますから」
いやに清々しい笑みを浮かべて言い切った。
この国の民衆、いいのかしらそれでと、私はちょっと憐れに思う。
翌日。ポラード王子が3日程国外へ出掛けると言って新鮮な魚介類を置いて行ったので、私はその隙をついて城内に届くように歌を歌った。
この歌声は、男性を魅了する。
種族で多少差はあれど、同じ人魚だから魅了できないことはないのよね。
歌っていると、フラフラとやってきたのはこの国の宰相だった。
―― 良い人材が引っかかったじゃない。
人魚は歌で魅了し、やって来た男を口説く。
種族によっては、そのあと食べてしまうのだけれど。
別に、食べなきゃいいのよね。
可哀相な民衆を憐れむ慈悲深い心が弾き出した目的を達成する為に、私はこの男を口説いて虜にし、国内の情報を集めればいい。
そして宰相の考えを、まるで予言しているかのようにポラード王子に教えてあげれば、きっと憐れな民衆の心を少しは救ってあげられるに違いない。
人魚版ハニートラップは、失敗することなく効果覿面だった。
ポラード王子が帰ってくるまでの間に、国内の主要ポストに就く重臣達を私の虜にし、こっそり国の重要案件を報告させ、情報を収集する方法を手に入れていた。
―― ふふっ。これで準備は万端だわ。
それからというもの、賢い重臣達が運んでくる情報や考えたことを、私が予言だと言ってポラード王子の耳に入れた。
彼は最初は半信半疑だったものの、当たり続けたことで信用度が上がり、私が重臣達から聞いた予測よりも最悪のシナリオをその耳に流し続けることで、国は先手を打ち続けることが出来た。
―― ポラード王子、あれで意外と策略家なのよねぇ。
私は今日もお風呂の中で、パシャパシャとヒレを遊ばせる。
そうして平和な毎日が過ぎ、ポラード王子の評判がうなぎ上りになるにつれて、私の存在がまことしやかに噂話となって、世に知られることになった。
そのせいで、あの時脳裏にピピっと浮かんだ二人の未来の映像が、本当の未来として近づいて行くとも知らずに。
「高杜さんのこの間の予言のせいで、寝る暇もない程忙しいんですが」
「あら、今や賢明と誉れ高い王子様におなり遊ばしたんですもの、民衆の為に身を粉にしてお働きなさいな」
「……そろそろロクデナシしたいんですが。どうしたらロクデナシできる未来になるんですか」
「そうねぇ。私を海に返してくれたら、ロクデナシ出来るんじゃないかしら?」
「予言できる貴重な資源を、手放す訳ないでしょう?」
「じゃあ、諦めるのね」
その後、重臣達や民衆の勧めで更に私との縁を強く結ばされたポラード王子は、一生私の尻に敷かれることになったのでした。
めでたし めでたし
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