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St.Evilnight Saga~雨宿りのレクイエム~
これは、次の教会へと移る道中の話だ。
今日は馬車を捉まえることができず、喪服姿の高杜さんを連れて、徒歩で移動していた。
「主の荷物を運ぶのは下僕の役目でしょ」と、高杜さんの重たい荷物を押し付けられる。
二人分を抱えて移動するので、疲れが酷い。途中から歩く速度が落ちた。
そもそも、何だって女性はこうも荷物が多いのか。
靴だ服だ化粧品だと、カバンにぎゅうぎゅうと詰め込んで、男の2倍はあろうかという大荷物をこさえるのだ。
そんなに色々持っていないと生きていけないのかと、げんなりする。
「降って来たわね」
曇天の空を見上げて言う彼女に、俺は傍にある廃墟に目を向けて言った。
「高杜さん、そこの屋敷で雨宿りしましょう」
たまたま見つけた廃墟に飛び込み、雨を凌ぐ。
立派な建物だ。
玄関から入ると、正面には2階から降りてくる階段が、緩やかな曲線を描いて一筋の流れを作っている。
広いエントランスホールは、大理石の床だ。まるで、貴族の邸宅のような作り。
手すりには埃が積もっているが、床はそうでもない。誰かが出入りしたような跡がそこかしこに残っている。
「下僕、ベッドがあるわ。今夜はここに泊まりましょ」
2階に上がって早々、高杜さんは自由に歩き回って遠慮なく戸を開け中を確認していた。他に人がいないか確かめているのかと思いきや、どうやら寝床を探していたらしい。
高杜さんが入って行った部屋に足を踏み入れると、蝙蝠達がベッド上の埃をさっと払い落して、綺麗にしていた。
「悪いな、掃除してもらって」
気が利くじゃないかと感心していると、蝙蝠達の目が吊り上がった、ような気がした。
『主と一緒に寝ようだなどと、なんと不埒な!!』
『お前はあっちだ、ロクデナシ!!』
翼で示された斜向かいの部屋は、隙間風の入る荒れた部屋だった。
一応ベッドはある。但し、まるで病院にあるかのような簡素なベッドだ。
この部屋にある天蓋付きの立派なベッドと比べると、随分と見劣りする。
「下僕、荷物そこに置いてちょうだい。今日は歩き疲れたから、早めに休むわよ」
俺には、単なる荷物持ち以上の価値はないらしい。
まだ夕方だが、休めるなら体力温存の為にも早めに寝た方が良い。
簡素なベッドに体を横たえて、毛布にくるまって一人寂しく就寝したが……深夜、どこからかすすり泣く声が聞こえてくる。
―― 高杜さん、か?
まさかあの気の強い悪女が、すすり泣くような可愛げがあるとは思えない。
しかし、この屋敷には俺達しかいないはず。
暫く様子を窺っていると、キイィと戸の開く音が聞こえた。
すすり泣く声が、いっそう大きく、それも傍で聞こえる。
どうする? 何が原因で泣いているのか分からないが、高杜さんが泣きながら俺のところに来るなんて……。
天変地異の前触れか?
それとも、この廃墟な環境が怖いとかいう似合わない理由か?
そもそも、蝙蝠達は慰めなかったのか?(というか、俺のところによく寄越したよな、そんな状態の高杜さんを)
まいったな、どうしようかと思いつつ目を開ける。
暗闇の中に、女が一人立っていた。
「高杜さん、どうしました? 眠たいので、話を聞くのは明日でもいいですかね?」
首を巡らせようとして、気が付いた。
体が、動かない。
目は動く。それなのに、体は指先一本に至るまで、俺のモノではないかのように動かせないのだ。
―― まさか、金縛り?
高杜さんは魔物であって、幽霊じゃなかったよな?
胸に杭を打ち付けて灰にしたから、一度滅びてはいるが……幽霊として復活したわけじゃないはずだ。
ということは、あの女は……?
思考を巡らせるのをやめて、そこに立っているはずの女に目を向けると、姿がない。
代わりに、腹部にドンッと重たい何かが乗った。
重い。このままでは圧死しそうな程の重量。
シクシクシクと、女は俺の上に腰を下ろしたまま泣き続ける。
「ちょっ……そこ、どいてくだ……い」
息が詰まる。まるで、巨大な銅像を腹に乗せられたかのようだ。
声をかけると、女は泣くのをやめてこちらを向いた。
―― 高杜さんじゃ、ない……
見知らぬ女性だ。一体、何だってこんなところに迷い込んだのか。
『……て。私と……ずっとい……にいて』
窪んだ眼窩が、俺の顔を覗き込む。
これは死人だ。
それも、何らかの恨みを持って死んだ人間の……
重い、苦しい。潰れる。このまま圧死するのか?
いや、今はヴァンパイアだから、そう簡単には死ねないはずだ。となると、俺はいつまでもこの苦しさから逃れられないのか……?
早く朝日が昇ればいいと、そう祈りながら気を失った。
♰ ♰ ♰ ♰ ♰
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