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寒い、重い、苦しい。
どのくらい時間が経った? 俺はこのまま死ぬのか? 高杜さんは、どうしているのだろう?
意識が少し浮上すると、どこからか声が聞こえる。
キイィと不気味な音を立てて部屋の戸が開き、高杜さんと見知らぬ男の声が聞こえた。
「ちょっと凪咲、下僕って男なの!? 貴女が捨て置けないというから、てっきり可愛いレディだと思ったのに!!」
「期待に添えなくて悪いわね、ジミー」
「……まぁいいわ。ちゃっちゃと済ませてしまいましょ」
親し気な会話だ。声は男なのに、言葉遣いは女っぽい。高杜さん、今度はどんな人間とお近づきになったのか……。
しかし次に聞こえてきた声は、神父の悪魔祓いの一節だった。
待て、俺を払う気なのか?
しかし苦しんだのは俺ではなく、毎夜現れては泣く彼女の方だった。
『彼は私のもの、邪魔をしないで。私は彼と一緒に……』
既に死んでいる俺を取り殺そうとしたところで、無駄だ。
そう思っていると、高杜さんの声が聞こえる。
「悪いわね。その下僕は私のものなの。誰にもあげるつもりはないわ」
一生高杜さんの下僕でいるのか? 死ぬことはないから、それこそ未来永劫こき使われる羽目に?
それは嫌だ。何とか抜け出す手立てを考えなくては。
「素直に神の庭へとお行きなさい。ここにいるよりも安らぎがあるでしょう。 ……貴女はもう、病の身体じゃないの。邪魔になるからと置いて行かれたりしない」
男の声が、神父のようなことをのたまう。
強烈な悪寒がしたかと思ったら、次の瞬間には体が楽になった。
ずっと苦しめられた重荷も、なくなっている。
「これで大丈夫だと思うわ」
「ありがとうジミー。ねぇ、最後にあの人にかけた言葉、どういう意味?」
「彼女はね、流行り病だったのよ。でも、貴族の家からそんな病人を出す訳にいかなくて、弱って動けない彼女を一人見捨てて引っ越した。世話をする者が誰もいない屋敷に一人残されて、最後には餓死したのよ。……彼女が飢えたと感じて欲したのは、お腹が空いたことよりも、人恋しさなのね」
「……そう。だから家族が欲しかったのね」
高杜さんの、どこか寂しそうな声が聞こえた。
「それにしても、よりにもよって神父なの? 凪咲、貴女って子は……。まぁいいわ。対価を払ってもらいましょ」
「えぇ、そうね。……ここじゃ何だから、そっちのベッドルームで」
「彼とは、そういう関係じゃないの?」
「違うわよ。下僕はあくまで下僕だわ」
「そう。じゃあベッドルームへ行きましょ。そこの下僕、ゆっくり休んだらいいわよ。時間かかるから」
何だか優越感に浸った声に聞こえる……。
しかしベッドルームで対価? ちょっと待て、高杜さん。対価って何を支払うつもりだ?
向かいの部屋の戸が、俺を拒絶するかのように閉まった。
いくら喋り方が女っぽいからと言っても、その人は男だろ。
止めに行かねばと思うのに、体力を相当奪われているのか、意思に反して意識が遠のく。
そして強制的に、夢の国へと旅立たされた。
♰ ♰ ♰ ♰ ♰
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