St.Evilnight Saga~雨宿りのレクイエム~

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 どれくらい時間が経ったのか、意識が浮上した。  今、何時だ? あれからどれくらい時間が経った……?  重たい体を無理矢理ベッドから引きはがして、身を起こす。  対価を支払うと言っていた。それも、ベッドルームで。  彼女が何を対価に支払うのか、考えたくはないがそういうことか?  起き上がって地に足をつけると、少しふらついた。  汗でぐっしょりと濡れた衣類が気持ち悪いが、着替えている時間はない。  間に合わないかもしれないが、止めなければ。  無理矢理体を動かして部屋の前まで来ると、中から高杜さんの声が聞こえた。 「ちょっとジミー、どこ触って……」 「凪咲、動くと痛い目に遭うわよ」  どういう状況かは分からない。もし、この戸を開けて入ったとして、考えているような光景だったとしたら……それはそれで気まずい。  どうする? 開けるか?  躊躇っていると、中から高杜さんの微かな悲鳴が聞こえた。 「ほら、言うこと聞かないから。大人しくしてた方が、早く楽になれるわよ」 「早く解放して頂戴。……そろそろ辛いわ」 「まだ少し時間かかるわよ」  やっぱり、そういう状況なのか!!? 「高杜さん!!」  バンッと戸を開けると、二人が驚いた顔をしてこちらを見た。 「若そうだからすぐに回復するかしらとは思ったけど、思ったより早かったわね」 「下僕! レディの部屋に入るのに、ノックしないとは何事なの?」  そこには純白のドレスを纏った高杜さんと、手に待ち針を持ったケバケバしい化粧のオカマが立っていた。 「ウェディングドレス……? 高杜さん、一体誰と?」  まさか対価って、そのオカマのもとに嫁ぐとか言うんじゃ……?  想像していたような状況ではなかったことに安堵するも、別の問題が浮上した。 「綺麗でしょ? 惚れそうなくらい」 「お世辞が上手いわね、ジミー。でも、あんまり嬉しくないわ。だってこれ、死に装束なんでしょ?」  高杜さんは、溜息を一つ吐く。 「死に装束……? 高杜さん、死ぬつもりですか?」  話が見えない。どういうことだ? 「ヴァンパイア、そう簡単に死ねないのだけど?」 「では何故?」 「これは私の服じゃないわ。ジミーが受けた本業なのよ」 「16になる娘さんを、病で亡くした夫婦が依頼に来たのよ。せめて、ウエディングドレスを着させて棺に入れてやりたいって。でも、マネキンでは微調整が難しい。だから、マネキンよりもスタイルの良い凪咲に、マネキン代わりをしてもらったのよ。遺体に着せて微調整なんて、出来ないから」  何だ、そういうことだったのか。  対価は、マネキン代わりをするということだったのだ。 「それで? 神父のくせに、悪霊に取り憑かれるなんてマヌケな失態をしたから、慌てて起きてきたの?」  神父と言っても、俺は魔物退治専門であって、悪霊は専門外だ。 「いえ、何でもないです」 「違うわよ、凪咲。男と二人きりでベッドルームになんて入ったから、心配して起きてきたんじゃないの?」  ジミーと呼ばれる男が、高杜さんの身体に触れながら言う。  いや、正確には服を摘まんで針を刺しているわけだが、見ていてあまり良い気はしない。  何故だかは分からないが。 「そんなこと、心配するような下僕じゃないわよ」 「あら、それはどうかしらね」  流し目で俺を見るオカマは、俺の内心を見透かしているようだ。  勘違いを知られるのは、少々恥ずかしい。  俺は、話題を変えることにした。 「それで、その悪霊払いをそちらの方が?」 「ジミーは元エクソシストなのよ」  というかジミーって愛称だろ。本名は多分ジョージだ。  妙に似合い過ぎてスルーしそうになるが、そんな愛称で呼ぶ程仲が良いのだろうか。 「悪霊退治に嫌気がさしてた頃に凪咲と出会って。もう怨念と向き合うのは嫌だったから、頼んだのよ。ワタシは大好きな服を作りながら生きていきたいから、エクソシストから足を洗いたいって。それで、凪咲はワタシをヴァンパイアにしてくれたのよ」  神父を狙って餌にしているのは、今に始まったことではないらしい。 「さ、これで微調整も終わり。凪咲、お疲れ様。脱いでくれていいわよ」 「やっと終わったのね。下僕、起きたのなら出発するわよ。ついでに着替えるから、部屋から出なさい」 「……そちらの方は?」 「ジミーは心は女だもの。別に構わないわ」  いいのか、それで。  俺は部屋から出ると、出発できるよう身支度を整えた。  オカマなエクソシストと別れて、新たな任務地へと向かう旅は続く。 「それにしても、下僕がもう一人主を欲しがっているなんて思わなかったわ」 「何の話ですか」  道すがら、高杜さんがとんでもないことを言った。 「だって私が結婚したら、下僕の主はもう一人増えるでしょ? 主の夫だもの。当然、下僕の主になるわよね?」 「いえ、俺の主は高杜さん一人だけです」  もう一人なんて、考えただけで面倒だしごめんだ。  しかし、高杜さんは違う意味に取ったらしい。 「そ。なら、旦那様を作るのはもう少し先にするわ」  そうご機嫌な様子で、のたまった。 Fin.
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