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後日談 ~揺れる想い~
俺はポラード。田舎の寂れた教会で、しがない神父をしていた。
だが先日、この村で起きた野良猫変死事件の犯人であり、ヴァンパイアの高杜凪咲さんに噛みつかれ殉教。あえなく俺もヴァンパイアとして生き返り、第二の人生は魔物として歩むことになってしまった。
普通の神父なら、神への冒涜に耐え切れず、自ら太陽の光を浴びて灰になることを選ぶだろうが、信仰などあってないような俺は、その選択をしなかった。
教団の戦闘員の一人として働くのも面倒だと思っていたこの頃だ。自由に遊んで暮らせる日が手に入ったのだから、こんな人生でも悪くはないかと、そのくらい軽く考えている。
自分がヴァンパイアになってしまったことについてはそんなに気にもならないのだが、何故高杜さんが俺を下僕に選んだのか。ということについては、実は結構気になっていた。
熱烈に抱きしめられ死出の旅路に強制出発させられたあの時。
耳には「すぐ、楽にしてあげるわ」という艶っぽい声が聞こえただけだ。心臓に杭を打ち付けた俺に対する単なる仕返しなのかとも思ったが、だとするならば、翌日から甲斐甲斐しく毒入りの不味い・・・ごほんっ。いや、努力が垣間見える料理を作りに来てくれる意味が分からない。残忍な殺し方だったと罪悪感があって、詫びのつもりで世話しに来てくれているのか、それとも・・・・・・?
高杜さんは今日も夕方教会に来て、蝙蝠達の指導を受けながら炭・・・もとい、手料理を量産していた。
まぁ、あの一生懸命さは見ていて飽きないからいいかと、俺は今日も彼女の奮闘ぶりを眺める。
起きてから、一応礼拝堂に異常がないか確認しに行く。
身体は痛み一つなく、いつも通り動いた。ヴァンパイアとして作り替わった時に、折れた骨やら受けた傷やらは綺麗に治癒したらしい。
そこは便利なのだが、不便なこともある。
魔物となったのだ。今までは普通に触れたロザリオや聖水は、掴んだとたんにジュッと焼けるような痛みと共に、白煙が上がるようになった。聖書は一応問題なく触れるが、あまり良い気分はしない。おかげで、片付けに手間取ってしまっていた。
「下僕、ご飯できたわ」
高杜さんは、俺を「下僕」と呼ぶようになった。
今までのように「神父様」でも「ポラード神父」でもなく。何となくだが、ちょっと寂しい気もするのだ。何故そんな気持ちになるのかは俺にもよく分からない。
食卓に着いて、人間らしい食事をする。
高杜さんは、その辺の若い女の子でも捕まえて血を吸ったら?と言うが、どうも吸血する気にはなれなかった。そもそも、噛みついて吸血してしまったら、相手はヴァンパイアになるのだ。その上、下僕になるらしい。手あたり次第、というわけにはいかないだろうと俺は思う。
しかし、今日の食事もなかなかの珍味だ。しかもこの細長いのは、ウナギではなく蛇のよう。
まぁいいか。蛇、別に食べられなくはないし・・・・・・。
効能はやはり滋養強壮、あとは美肌効果。ただ、あっさりとした淡白な味で、皮はプニュプニュとした食感、しっとり水っぽい感じがするので、美味いとも不味いとも言えぬ食材なのだが・・・・・・。
一口食べて、味わいを感じた。食感も見た目も蛇なのに、味がちゃんとついているではないか。
「高杜さん、これ、美味しいです」
味がきちんとついている。高杜さんのことだ。多分、味付けの加減を間違えたんだろうと思うが、それが功を奏したらしい。
「あら、初めてね。そう言ってくれたの」
ツンっとして言いながら、口元が嬉しそうに微笑んでいる。その表情はまるで、恋する乙女のような顔だ。
「お聞きしたかったんですが、何故俺を下僕に選んだんです?」
高杜さんは一瞬目を泳がせてから、いつも通りの気の強い顔をして言い切った。
「聖職者は神に祈れば治ると思って薬を乱用しないし、清廉潔白であれと自身を律して規則正しい生活を心がけて勤勉に奉仕するわ。だから極上の甘さと芳醇な味わいを漂わせる濃厚な血液になって、美味しいのよ。でも、あなたの血は不味かったわね。さすがロクデナシ」
やっぱりただのエサだったのか。
何か特別な理由でもあるんじゃないかと期待をした俺が馬鹿だった。
「高杜さん。明日は俺が作りますから、食事の用意は何もしなくていいですよ」
「そう言えば、カレンダーに印がついていたわね。何か記念日?」
「・・・・・・ええ。家族の命日で、俺の誕生日です」
高杜さんは一瞬複雑そうな顔をするも、すぐに取り繕って言い放つ。
「下僕の誕生日は2月14日。あなたの命日でしょ」
思わぬ指摘に、俺は目から鱗が落ちたように苦笑いした。
「確かに。でもまぁ、供養がてら俺が作りますから」
そう言って笑うと、高杜さんは「下僕なんだから、普段から作って欲しいわね」とツンとした口調で言った。
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