51人が本棚に入れています
本棚に追加
St.Evilnight Saga ~永遠を誓うリング~
「下僕、どう? 綺麗でしょ?」
帰宅早々、キッチンの椅子に座って開口一番に高杜さんが見せてきたのは、左手薬指にはめられた一つの指輪だった。
「……どうしたんです? これ」
大粒ダイヤの指輪だ。相当な値のものだろう。こんな高価なもの、一体どうしたというのか。
「貰ったのよ」
「貰った。一体誰に?」
女性にダイヤの指輪を贈るなんて、思い当たる理由は一つしかない。
一体どこの誰だ? この悪女にプロポーズした命知らずの男は。
「露天商のおじさん」
「……それ、知り合いですか?」
「今日初めて見る顔ね」
そんな相手から、ダイヤの指輪を平然と受け取るこの人もこの人だ。一体、どういう神経をしているんだ!
また面倒事を拵(こしら)えてきたんじゃなかろうかと思ったら、怒りが沸々と湧き上がる。
「その指輪を貰った経緯をお伺いしても?」
そうだ。とりあえず落ち着いて状況を聞こう。絶対に、俺が納得できるような経緯ではないと思うが。
「歩いてたら、声をかけられたのよ。「そこの別嬪さん。悪い虫が寄ってきて困っていそうだから、この指輪を左手薬指にはめておくといい。あぁ、お代はいらねぇよ。美人さんへのサービスだ」って言ってたから、綺麗だったし遠慮なく貰ったわ」
遠慮してくれ。怪しすぎるだろう!!
しかも左手薬指って指定までして来ているところからして、絶対にそれは婚約指輪のつもりで渡したとしか思えない。
まさか、左手薬指にはめる指輪の意味を知らないのか?
魔物とはいえ、一応女性の括りには入るだろう? 悪女は別次元とか言わないよな?
「……高杜さん。左手薬指に指輪をはめる意味、ご存知ですか?」
「結婚指輪でしょ? 男避けではめるなら、妥当よね」
男避けに露天商が、こんな高価なダイヤの指輪を無料(タダ)でくれたと本気で思っているのだろうか。
変な所で無防備というか、馬鹿……いや、純粋な一面があるんだなと思う。
それにしても、少しデザインが独特な指輪だ。2匹の竜が互いの尻尾を噛んだ姿をしているなんて。
「そろそろ夕食の時間だと思うんだけど、下僕、ご飯の準備は?」
「もうじき焼き上がりますよ。今日はグラタンを作って……」
オーブンに目を向けると、中でボンッと何かが弾ける音がした。
―― 弾けるようなものは、入れてないはずだが……
心配になってオーブンを開け中を確認すると、皿が割れてグラタンが四方八方へ飛び散っていた。
「何故……?」
いつも通りだったはずだ。こんな風に破裂するようなものは、何も。
「ご飯、いつ食べられるの?」
高杜さんが空腹の肉食獣にも似た双眸を俺に向けた。
ダメだ。このままだと今夜の彼女のディナーは俺の生き血ということに……。
「ちょっと、できあいのもの買って来ますから待ってて下さい」
火を消して、買い出しに行こうとドアへ足を向ける。
彼女は深い溜息をついて、椅子から立ち上がった。
「今から行ったんじゃ、食べられるのはもっと遅くになるじゃない。いいわ。今日は外食にしましょ」
「ほら、出かけるわよ」と高杜さんがドアから出て行く。
ありがたい提案ではあるので、俺も素直に従った。
最初のコメントを投稿しよう!