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祝杯の夜
―― ヴァンパイアとして、生き返ったお祝いをするべきかしら?
私はワイングラスを片手に、礼拝堂へと顔を出す。
ポラード神父はカチャカチャと金属音を響かせ、古めかしい写真機をいじっていた。
「何してるの?」
ドライバーを右手に持ち、部品を交換していたポラード神父が、手を止めて私に目を向ける。
「片付けをしていたら出てきたんです。まだ使えそうだったので、悪くなっていた部分の交換を」
ドライバーでクルクルとねじを回し終え、裏側の蓋をして、写真機の動きを確認する。
「直ったようですね。 ところで、ワイングラスを持ってどうしたんです?」
「ヴァンパイアとして生き返った、お祝いをしてあげようと思って来たのよ」
私はテーブルにワイングラスを二つ置いて、血の入った瓶の蓋を空けて注ぐ。
「お祝いですか……?」
「嫌ならやめるけど」
「いえ、驚いただけです。それなら、折角なので試しに撮ってみませんか? 写るかどうか、分かりませんが」
そう言って写真機を少し持ち上げて示すポラード神父を見て、私は肩を竦める。
ヴァンパイアは鏡には映らない。
写真機のレンズはガラスだが、果たして映るのだろうか……?
―― 銀が使われていなければ、大丈夫よね?
一抹の不安はあったが、ポラード神父の誘いに乗ってみることにした。
「仕方がないわね。試してみる? シャッターボタンは私の可愛い子が押すから、大丈夫よ」
そう言って私は可愛い子―― 蝙蝠に、ポラード神父が指さすシャッターボタンを押すように伝えた。
この教会のステンドグラスは綺麗だ。たくさんの鮮やかな色彩が、見る者を虜にする。まるで宝石を散りばめた世界の中に吸いこまれたかのような感動を与えた。
背景にするのなら、ここしかない。
私は小さな机を窓の傍へと持ってきて置くと、ワイングラスを二つ持って、そっと腰を下ろす。
蝙蝠に指示を出したポラード神父が傍にやってきて腰を下ろすと、私はワイングラスを一つ手渡した。
「高杜さん、もう少し中央へ」
「このくらい?」
ちょっと、距離が近くないかしら?
「はい。そのまま写真機の方を見て、暫く動かないで」
言われて姿勢を固定すると、肩にそっと腕を乗せられた。
首筋に、男性らしい大きな手の感触と、ポラード神父の体温が伝わってくる。
「下僕、手、邪魔よ」
「折角の記念撮影です。このくらい良いでしょう」
「写真を撮られると、魂が抜かれるんじゃなかったかしら?」
「一度死んでいます。今更そんな心配ですか?」
何となく、どこか気恥ずかしい。
お互いの体温を感じる程に密着した状態で、微動だにすることなく、写真機を静かに見つめ続ける。
早く、早くして。心臓の鼓動が下僕に伝わってしまうかもしれない。そんなことになったら、私……!!
ドクンドクンと高鳴る心臓を宥めながら、祈るような思いでレンズを見つめる数分間。
長すぎる……。
シャッターが落ち、撮影の終了を告げる音が、静寂を打ち破るかのように響いた。
私は早々と立ち上がり、机にワイングラスを置いて、椅子に掛けておいたボレロをさっと羽織る。
「寒いですか?」
「ちょっとね」
―― そんなわけ、ないじゃない。
心臓がドラムロールのように鳴り響き、存在を主張するかのように拍動しているのだ。少しひんやりした空気が気持ちいいくらいなのに。
素肌に触れられた感触が、生温かい微かな圧力のような感覚として、背に残る。
「乾杯しましょう」
「ええ。でもこれ、金臭いですけど……血ですか?」
「そうよ、人の血。……抵抗感がある?」
「そうですね。何となくまだ、気持ち悪いといいますか……」
「仕方ないわね。身体はヴァンパイアでも、心はまだ受け止め切れてないんでしょ」
私はキッチンへ戻り、ワイングラスと赤ワインのボトルを持って、礼拝堂に戻る。空のワイングラスをポラード神父に渡し、コルクスクリューでコルク栓を抜き、ワインを注いだ。
「これ、色、同じですが……」
「赤ワインよ」
注ぎ終わってボトルの口をワイングラスから離すと、ポラード神父が軽くゆっくりとグラスを回す。閉じていた香りが立って、熟成された甘い香りが微かに辺りに漂った。
「それでは、貴方の第二の人生に」
「教団から解放され、仕事をしないで済む毎日にしてくれた、高杜さんに感謝して」
「「乾杯」」
チンッと、無機質ながらも、二人の想いが入り込んだかのような音を響かせて、ワイングラスを軽く合わせ、口をつける。
「……全く、言う事までロクデナシね」
「怠け癖は、死んでも治りませんでしたから」
そう言って笑うポラード神父は、ヴァンパイアとして復活したことを悲観することもなく、どこか肩の力が抜けたようだった。
ポラード神父が人の血を口にするのは、もう少し先のお話。
Fin.
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