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「………え?」
その言葉に僕は頭が真っ白になった。
「あの、先輩それはどうゆうーーーーー」
次の言葉を紡ごうとした瞬間、先輩は顔を傾けて唇を寄せた。
ちゅっ
(!?!?!?!?)
頬に感じる、柔らかくしっとりとした感触。
「………こうゆう意味だけど。」
「うわあっ!?」
驚いた僕は思わず後ろへ引き下がった。
キスされた頬を抑えて真っ赤になっていると、先輩は砂糖を煮詰めたような甘い瞳で見つめてくる。
「………小宮。」
ーーーーだめだ、限界です。
ドンッ
先輩が僕に近づこうとした瞬間、僕は勢いよく彼にぶつかってカバンを奪い取った。
「ごっ…ごめんなさーーーーいッッ!!」
慌てて走り去る僕の背中を、彼はポカンとした顔で見つめる。
「……プッ!あははは!」
そして一拍置いてからケラケラと笑い始めた。
「あーーー……本当に小宮はわかりやすいな。」
「でも逃がさないよ」と呟いて、先輩は走り去った僕の後を追いかけた。
ーーーーーー
ーーー
ゼエゼエと息を乱しながら僕は部屋の前に立つ。
微妙な時間帯だからか、寮に入ってからここに来るまで誰にも会わなかった。
「つ、着いた……。」
扉の前で膝に手をつき息を整えていると…。
「ふうん、ここが小宮の部屋か。」
「うおわっ!?!?!?」
驚いて後ろを振り向くと、そこには振り切ったはずの紀島先輩がいた。
彼は小さな顎に手を添えて、目の前にある扉をマジマジと見つめている。
僕は声にならない悲鳴をあげ、扉に背中を押し付けた。
「どうして先輩がここに!?」
「なにって小宮の後を追ってきた。言っただろ、帰りは危険だから送るって。」
(ええ!?)
「じゃあずっと僕の後を!?」
「うん。つけてきた。」
(まっ……まったく気づかなかった……。)
しかし同じ距離を走ってきたというのに、先輩の息は全く乱れていない。
(……明らかに体力の差を感じる。)
「どうした小宮、入らないのか?」
「え?……ああっ、そうですよね!」
僕は何も考えないまま、カバンのポケットから鍵を取り出し施錠を外した。
すると後ろから大きな手が伸びてきて、僕より先にドアノブへと手をかける。
………あれ?
グイッ
そして違和感に気づくよりも早く、先輩は僕を巻き込んで一緒に部屋の中へ入ってきてしまった。
(えええええええっ!?)
ガチャン
扉が閉まる音と同時に、腕を引かれて逞しい身体に抱きしめられる。
「せ、せんぱーーーー、」
恥ずかしくて抵抗しようとすれば、さらに抱きしめる力が強くなった。
「……ここなら誰も見ていないからいいだろ。」
今まで聞いたことない低い声で、彼は僕の肩に顔を埋める。
(う"わあああああっ!?)
明るい茶色の髪が首筋に当たり、緊張感が増した。
(ここは天国……いや、夢なのか!?)
「ご……ごほうび……。」
つい本音が口から溢れてしまう。
それを先輩が聞き逃さないはずがなく、クスリと笑って僕の耳に唇を寄せた。
「心の声が漏れてるぞ。」
「うぉあっ!?」
フッと息を吹きかけられると、僕は思わず肩をすくませた。
(…っ…耳がくすぐったい……!)
むず痒い感触に耐えている僕を、先輩は意地悪な顔でさらに追い討ちをかける。
「……耳、感じるのか?」
「いッ…!」
ビクンッと肩をすくめて反応すると、先輩は堪らないといった様子で目を細めた。
「……もう我慢できないな。」
グイッ
「あ!!」
僕の後頭部に手を添えると、彼は僕の耳にもう一度唇を引き寄せる。
"ーーーー好きだよ小宮"
突然の言葉に僕は思考を停止させた。
「………え?」
「今回のことで確信した。オレは小宮のことを恋愛的な意味で好きなんだって。」
「まっ、まってせんぱい……!」
「それに会うたびにさ、可愛い顔で好き好きオーラを出されたら、たとえ男でもーーー」
"好きになっちゃうだろ"
ちゅっ
「うひゃあっ!?」
口端にキスをされて、僕はウサギのように飛び上がった。
そのまま身体を離して後方へ下がると、先輩は愛おしそうに見つめてくる。
(待て待て、状況が理解できないぞ僕……!)
「好きだ小宮。だからオレと本当の恋人になってくれないか。」
「えっ……ええ!?」
本気なのか冗談なのか分からず、パニックになっていると先輩は眉を下げた。
「それとも、小宮はもうオレのことが好きじゃない?」
「へっ……。」
「制裁は元々、オレの追っかけが暴走して起きたことだ。だから小宮は元凶であるオレのことを嫌いになったんじゃないか……。」
悲しげに呟く先輩に、僕は慌てて彼の腕に縋りついた。
「そっ、そんなことないです!僕は今でも先輩のことが好きです!!」
「……ほんとうに?」
「本当です!さっきはいきなり告白されてビックリしたけど、嫌いになんてなりません!むしろ諦めようと思ってたのに………。」
だんだん恥ずかしくなってきて、僕の声は尻すぼみになっていく。
「……………。」
そして縋り付きながら俯き、僕は掠れた声で次の言葉を口にした。
「………僕も、先輩の恋人になりたいです。」
小さな告白をすると先輩から反応が返ってこない。
怖くなって恐る恐る顔を見上げるとーーー、
「……よかった。」
そこには安心したように、はにかんで笑う先輩の姿があった。
ズキュンッ
そのあどけない笑顔に僕のハートは簡単に打ち抜かれる。
(か、かわいい……!!)
そう思っていると、先輩は僕の身体を優しく包み込んだ。
「……じゃあ小宮はこれからオレの恋人になってくれる?」
コクンと頷いて肯定すると、色素の薄い琥珀色の瞳がゆらりと揺らぐ。
「……じゃあ、今から小宮の唇にキスしてもいい?」
「っ、」
僕は少しだけ視線を彷徨わせたあと、意を決してもう一度コクンと頷いた。
先輩の綺麗な指先が僕の顎を持ち上げる。
そして先輩の顔がゆっくりと近づいて、僕の唇にそっと重なった。
「……んっ……!」
フニッとマシュマロのような感触がした後、先輩はすぐに離れていった。
想像以上にとても優しいキスだった。
『……もっと深いやつは、小宮が慣れるまで"おあずけ"。』
離れる間際、先輩は僕にそう囁いた。
「〜〜〜〜〜ッッ」
とろけるような甘い言葉に僕の頭はクラクラになって、茹で過ぎたタコのようになる。
(………もう、ダメだ……。)
ドターーーーンッ
僕は一気に力が抜けて失神する。
………鼻から一筋の血を流しながら。
「小宮だいじょうぶか!?」
ーーーこれが僕と先輩の、恋人になって初めてのキスだった。
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