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その晩、キャサリンにおやすみを言って眠りにつくと、私はまたあの家にいた。やはりリビングで、棚の上には一家の写真が置いてある。ハリーは昨晩と同じ笑顔で笑っていた。
なんとはなしに台所を覗くと、水切りかごから食器はなくなっていた。食器棚を開けると、三人分の食器が収まっている。昨日見た皿とマグカップもしまわれていた。冷蔵庫の中身も変わっている。買い足された食材の代わりに、野菜が少し減っていた。
他の部屋も覗かせてもらおうと、とリビングを出る。トイレらしきドアの前を通りかかったので、ドアを開けると、便座が上がっていた。最後に使ったのは男性らしい。いや、掃除かも知れないが、掃除が終わったら下げるだろう。少なくとも私は下げる。
やはり、男性の独り暮らしなのだろう。
トイレの先の部屋にはネームプレートが掛かっていた。「ヘンリーの部屋」と、車や電車をあしらった板に書いてある。これと同じシリーズで、海洋生物が描いてあるものが、うちのバートの部屋に掛かっている。パパとママも使いなよ、とっても良いんだよ、といっちょ前に評論家の顔をする八歳児のセールスに押されて、私はキリンやゾウが描かれたものを、妻は鳥が描かれたものを買って名前を入れた。やはり、夢には見たことのあるものが出てくるのだろう。
ノックをしたが、返事はない。ドアノブを捻る。難なく開いた。
しん、と静まり返った部屋だった。寒い。もう長いこと、この部屋を誰も使っていないようだった。椅子の背にはリュックサックが掛かっているが、埃がうっすら覆っていた。けれど、机はきちんと掃除されているようで、ファイル類が並んでいる。「テスト」とテープラベルが貼られたファイルが目に付いた。開いてみると、綺麗にテストがファイリングされている。氏名欄に書かれている名前は「ヘンリー・モーガン」。当たり前だが、プレートの名前と同じだ。どうやら、写真の中で笑っている「ハリー」の本名はヘンリーらしい。点数は上の中と言ったところか。ちゃんと宿題をするタイプの子供だったらしい。
(バートももう少し勉強の相談をしてくれればな)
息子の、もう少し低い点数を思い出して苦笑しながら私は何枚かめくった。どうやら一番上が最新らしい。五年前の日付になっている。学年は二年生。
(なんでこんな日付が出てくるんだろう)
我が夢ながら、いささか不思議である。
「スイートハート、勉強はどうだい?」
次の日、朝食を食べながら私がバートに尋ねると、我が家の小さな王子様は、ぴくっと肩を震わせた。少し不安そうな顔をしている。私に似た金髪の下で、妻に似た青い目が瞬いた。
「どうしてそんなことを聞くの? パパ」
「夢を見たんだ」
「ぼくが赤点を取る夢?」
「成績の良い男の子の夢だよ」
そう言うと、バートは少し傷ついた顔をした。
「ごめんごめん、いや、本当にそう言う夢を見たのさ。バート、もし勉強でわからないことがあったら、パパにもママにも聞いて欲しい。わからないままは良くないよ」
「そうよ。パパは勉強を全然しなかったから、小説に便利な道具が一つも出てこないの! 学校で習った便利な道具を、一つも覚えちゃいないんだわ」
キャサリンが目を見開きながら大袈裟にいう。バートはそこでようやく笑顔を取り戻した。
「わかったよ。じゃあパパ、今日帰ったら社会科を教えて」
「良いよ。検索サイトで一緒に教えてもらおう」
私が冗談を飛ばすと、二人はけらけらと笑った。
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