ハウス・イン・ザ・ドリーム

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 ハリーは死んでいるのに、見つかったってどう言うことだ。私は父親を問い詰めたかった。いつものようにリビングで目を覚ますと、そのまま他の家族の、父親の名前がわかるものを探した。カードの請求書がすぐに見つかった。「ダグラス・モーガン」というのが父親の名前らしい。送り先の住所は、やはり私が住んでいるところと同じ市だった。少し遠いが。 「ダグラス、何を考えているんだ……」  それからすぐに、私はダグラスの寝室に直行した。引き出しを開けて、日記を取り出す。日記が一行増えていた。昨日の日付だ 「早くあの子を迎えに行かないと。まだ学校に通っている。またあんなことがあったらと思うといてもたってもいられない」  よくわからない怖気の様なものが背中を登ってくる。絶対にまずいことが起こっていると、私の頭の中で警鐘が鳴っていた。  日記をどんどん遡っていると、次の様な事がわかった。まず、五年前にハリーが亡くなったのは本当だ。その日にはたった一言、「ハリーが交通事故で死んだ」とだけ書かれている。それからしばらく日記は書かれていなかったが、数ヶ月後に再開されている。 「ハリーは本当に死んだのだろうか?」 「死んだハリーはとても酷い有様だったので、誰かがすり替えたのではないか」 「ハリーは生きている」 「エミリーは死んだと言い張っている。息子がどこか知らない所で生活していることを受け入れられないのだろう。哀れな女だ」  事実を受け入れられないのはダグラスの方だったのに。  その後、どうやら妻のエミリーはダグラスを精神科病院に連れて行ったようだ。けれど、ダグラスは自分がおかしいなどとは全く思っていない。 「エミリーが病院に行くから来て欲しいと言う。ついに自分がおかしいことに気付いたのだろうと思ってついて行ったが、病院に着くと誰もエミリーを診察しない。俺を診察しようとする」  振り切って逃げたらしい。それからモーガン夫妻の関係は悪化した。エミリーは離婚届にサインして出て行った。止める人間のいなくなったダグラスの妄想は加速していく。  そして、三年前から日記の様子が変わった。 「あの子が公園で見つかった。連れ戻さないと」  背中に冷水を浴びせられたような寒気がした。死人を見つけただって? 私だって書かないぞ、そんな話。  どうやって連れ戻そうか、と悩むような内容が書かれている。そんなことが、何回も何回も繰り返し書かれているのだ。場所は公園だったり、図書館だったりする。実行に移した気配はない。ただ、どの「あの子」にも必ず「俺じゃない父親」あるいは「エミリーではない母親」がいると言う。 「上書きしているのか……?」  もしかして、ヘンリーだと思い込むような子供を見かける度に、認識が上書きされているのだろうか。だとしたら、実行に移されていないのも納得できる。目移りが激しすぎるのだ。 (それにしても、資料が少なすぎる)  全ての引き出しを開けたが、これだけ多くの子供に目をつけておきながら、一つもその子たちに関わる資料がない。写真を撮ったなどの記述もある。刑事ドラマでは、この手の犯人はどこかにターゲットの写真を隠し持っている。  私は家中を探し回った。もうこれが夢だと言うことを忘れて必死だった。もはや興味とか野次馬根性と言う物を超えていた。  使命感。  言葉にするならそれだった。  使われていない部屋、バートの部屋、台所の下の収納、あらゆる所を探したが、見つからない。リビングの引き出しも全て見た。他に探していない部屋なんてあっただろうか? 「ガレージ……」  居住スペースにばかり気を取られていたが、そう言えばガレージを調べていなかった。台所には頻繁に入っていたのに。私は台所の奥の扉から、ガレージへ入った。誰かと鉢合わせするかも知れないとか、そう言うことは考えなかった。  車はない。どうやら、ダグラスは出掛けている様だ。それが普通の仕事なのか、子供の物色なのかはわからない。 (何か……妙だなこのガレージ)  ここに車が1台入った時のことを想像する。中途半端にスペースが余る。妙だな……このスペース……よくよく見て考えると、車1台と半分しか入らない。妻もいたのだから、2台入るガレージにするはずだ。 (逆に言うと、1台分のスペースはもう要らない……)  つまり、エミリーが出て行ってから改造して隠し部屋を作っているのではないか。平時ならば作家らしい突飛な発想と自分で笑い飛ばすが、私も今は正気ではない。這いつくばって、棚に登って、探し回った。 「これか!」  棚の下にレバーがある。それを引くと、棚が横に動いた。冗談の様な仕掛けだ。やはり夢だな、と思う一方で、これが夢ではないことを知っている。私が起きてから、モーガン家のガレージに押し入れば、このレバーがあって、棚が動くのだろう。そんな確信があった。  当然だが、部屋の中は暗い。ガレージの心許ない灯りに照らされて、天井から裸電球とスイッチの紐がぶら下がっているのがわかった。私はとにかく、この部屋の中に何があるのか知りたくて、その紐を引いた。  予想通り、部屋の中にはたくさんの男の子の写真があった。八歳くらいだろうか。どれも顔が違う。けれど、彼らは一様に、ヘンリー・モーガンと見た目の特徴が似ていた。金髪で、まつげが長く、青かグレーの瞳。  その中に、地図と一緒に貼られた少年の写真があった。地図の一箇所に丸が付いている。  そして私は叫んだ。  写真の少年は私の息子のアルバートで、地図で丸が付いていたのは私の自宅だったから。
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