ハウス・イン・ザ・ドリーム

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ハウス・イン・ザ・ドリーム

 最近奇妙な夢を見る。目を覚ますと、私はどこか知らない家のリビングで立っているのだ。初めてこの夢を見た時は、どうしたら良いのかわからなかったが、どうやらこの夢は自由に動き回れるタイプの夢らしいことに気付いた。明晰夢というやつか。  動けるとなると、ちょっと探索してみよう、と思うのが人情だ。棚の上に飾られている写真を手に取る。自分の理想の家でも夢に見ているかと思ったが、写真の中身は全然知らない赤の他人だった。両親と一人息子の、幸せそうな家族写真。五歳くらいだろうか。切りそろえられた金髪で、細められた青灰色の瞳が印象的だ。父親は濃い茶髪でややいかめしく、母親が金髪で同じく愛らしい顔をしているから、母親似なのだろう。 (この子、うちの息子に似ているな)  私にも一人息子のアルバートがいる。今は八歳で、小学校に通っている。私が小説家であることも影響しているのか、インドアな子供である。妻の、一緒にランニングをしたいと言う願いが叶うかどうか。  他の写真立ても見てみると、同じ人物が写った写真が何枚かあった。少年がもう少し小さい頃のものや、逆にもう少し成長したもの、おや、これはうちのバートと同じくらいか。最初に見た写真は少し前のものだったらしい。同じくらいの年齢だと、ますます息子に似ていた。  写真立てを戻す。さて、他人の家で気になるのは台所だ。他人の家の台所に勝手に入るというのも気が引けたが、夢なので構わないだろう。  綺麗な台所だった。食器の水切り籠には一人分の食器が干してある。縁が少し波打った品の良い皿に、自分も使うようなごつめのマグカップだ。大きなマグカップを好む女性がいないでもないが、恐らく男性の食器だろう、と思う。  他人の台所で一番気になるものと言えば、やはり冷蔵庫だ。冷蔵庫のドアにも、やはり写真が貼ってある。少年の写真や家族写真が数枚。その内一枚をマグネットから外して裏返すと、「ハリーと公園で」と書かれていた。日付は三年前だ。どうやらこの少年はハリーと言うらしい。愛らしい子だ。自分の子が一番だと思うが、それを差し引いてもハリーは可愛いと思った。バートに似ているから余計そう思うのかもしれない。  写真を戻して冷蔵庫を開ける。 「あれ?」  私は拍子抜けしてしまった。全然ものが入っていない。いや、全く入っていないわけではない。ただ、うちと同じ家族構成であるなら、もっとたくさん食品が入っていてもおかしくない。ビールと、パン。少しの野菜、残り物が入っているらしいタッパーウェア……この冷蔵庫に見覚えがある。 「独り暮らしの冷蔵庫だ」  私が独身の時に使っていた冷蔵庫の中と変わらない。  もしかして、妻と息子を亡くした独り暮らしの男性の家なのだろうか。冷蔵庫からの冷気を強く感じて、私は扉を閉めた。  冷蔵庫が閉まる音と同時に目が覚めた。時刻は六時三十分。目覚まし時計がけたたましく鳴っている。止めてから、私は隣で唸りながら睡魔と格闘している妻のキャサリンを起こした。 「おはようハニー。時間だよ」 「うーん……」  私が手を貸すと、彼女はむにゃむにゃ言いながら起き上がった。綺麗な亜麻色の髪がぼさぼさだ。開くと美しい青色を見せる瞳も、寝起きの腫れぼったい瞼のせいで見えない。 「おはようジャック……私の代わりに仕事行ってくれない?」 「君が僕の代わりに小説書いてくれるなら良いよ。今ちょうど良いところなんだ。ジョージが摩擦熱で火を起こそうとするところ」 「ねえジャック、あなたの小説って、どうして文明の利器が出てこないの? 私が書いたら、そこへライターを持ったヒーローがさっそうと駆けつけるわ」 「文明の利器があったらそれはもう日常だからさ。僕が書いているのは冒険小説だからね。さ、文明の利器と一緒に戦っておいで」  キャサリンが身支度を整えている間、朝食を用意する。できあがった頃に、アルバートが子供部屋から出て来た。 「おはようバート」 「おはよう、パパ。ママはお寝坊さん?」 「失礼ね。あなたよりうんと早く起きてますよ」  それを聞いたキャサリンが後ろから登場すると、バートは飛び上がって驚いた。振り返ると、笑いながら母親に突進した。
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