82人が本棚に入れています
本棚に追加
3、イベント当日、おおわらわ
5月5日。雲ひとつない青空の下、ステファンフーズの水戸工場には、たくさんの人が集まっていた。
来場者プレゼントのレトルトセット目当ての人たちは朝早くから並んで待っていたし、ステファンフーズのマスコットキャラ『すぱんだ君』(水色と白のパンダ)も子供達に大人気だ。
わたしたちステファンゲーミングのブースは、駐車場エリア内。物販ブースのすぐ向かい側にあった。隣ですぱんだ君がわちゃわちゃしているおかげで、うちのブースも結構子供達の目に止まってるみたい。
「カードゲームのプロと戦おう!! 挑戦者大募集!!」というのぼりをたてて、テントの中には長机に座ったチームの3人。
神経衰弱かマルバツゲーム(5×5マス)を子供達に選んでもらって、勝負する。もちろん、買っても負けても景品あり。
とっつきやすいゲームにしたおかげで、うちのブースにも人が集まっている。
それはとっても喜ばしいことなんだけど──。
「……予想通りではありますけど」
イベントが始まって1時間。わたしと佐伯さんは少し離れた場所からブースを眺めていた。
わたしの言わんとしていることを、佐伯さんももちろん気づいていて「思った以上だな」と呟いた。
なんの話かと言うと、ノイ君、おいちゃん、コオリ君の3人の中で、明らかに人気に差が出ていること。
一番人気はノイ君。満面の笑みで、楽しそうに子供たちと勝負する様子に惹かれて、あとからあとから子供たちが集まってくる。
次点はおいちゃん。のんびりムードが好きな子供たちが、リラックスした表情で遊んでいる。
そしてコオリ君。
閑古鳥が鳴いている。明らかにすいているのは、彼の顔が硬い……というより怖いからだろう。
この順位はわたしも佐伯さんも想定していたものの、正直ここまでコオリ君に人が集まらないと思っていた。もともとモチベーションが低いのはわかっていたけれど、ノイ君とおいちゃんと比べたらふつふつと湧き上がるものがあるのか、眉間のしわが深すぎる。
「うーん……コオリ君ももうちょっとファンサービスというのを学んでくれたらいいんですけど……」
「まあ面接でも『強く居続けることに集中します』とか言ってたからな。あいつとしてはこういうイベント参加は不本意なんだろうが……」
「でもプロたるもの、コミュニケーション能力は大事ですから!」
コオリ君が『フェンリルの咆哮』に真剣に取り組んでいるのは知っている。様々なデッキタイプを研究して、戦術を練って、そして実践練習ももちろん膨大にやっている。彼がプロである自分にプライドを持ち、試合に勝つことを一番に考えていることも知っている。
わかるけど! とってもよくわかるし、その姿勢は素晴らしいと思うけど!
こういう時はもうちょっと愛想を実装してほしい!
コオリ君って必要なことしか話さないし、結構毒舌なところがあるから、つっけんどんに見えちゃうんだよね。性格自体は冷たいわけじゃない……はずなのだけれど。
その奥深さは、初対面の子供には絶対に伝わらない。
子供との勝負が終わって顔をあげたコオリ君が、列に並ぶ子供たちの差を見て眉間にしわを寄せた。
ああっ! 今そんな顔したら怒ってると思われちゃうっ!
次の順番を待っていた男の子が微妙な顔になってる。
これはまずいっ!
「わたし、ちょっと行ってきます!」
いてもたってもいられなくて、佐伯さんの返事を待たずにわたしはコオリ君のそばへと走った。今まさに腰が引けてる男の子の肩をぽんっとたたく。
「ようしっ! このお兄さん強いから、お姉さんが助っ人してあげよっかなー」
コオリ君は突然のわたしの参戦に目を見開いた。顔をしかめられたけど「ねっ!? ハンデくらいいいよね!?」とすごむと、小さくうなずく。男の子(5歳くらいかな)はわたしの顔を見て、コオリ君よりはとっつきやすいと思ったのか、ふにゃりと笑った。
「何のゲームにしよっか。お姉さんも味方になるからねっ」
「──じゃあ、マルバツゲームする!」
そう元気に言われて、後ろで見守っているお母さんも、和やかに「がんばれー」と微笑んだ。
な、なんとか空気が柔らかくなった。
幸いコオリ君は顔にはまったく出ないけれど、接待プレイというものは頭にあるらしく、すごくいい勝負の末に男の子に花を持たせた。そこまでできてるなら、あと少し! あとは笑顔さえあれば完璧なのに!
「やった! 景品なに?」
「おめでとー! この箱から好きなおもちゃをひとつどうぞっ」
本当はコオリ君が渡す役目なんだけど、わたしが先に景品箱を持って男の子に見せる。男の子はニコニコと満面の笑みで、車のおもちゃを選ぶとお母さんと一緒に、すぱんだ君の方へ歩いて行った。
よし、この調子でわたしが呼び込みするしかないっ。
「おーいっ! こっちのお兄さんも強いんだよー! すいてるし、狙い目だよっ!」
ぶんぶんと手を振って主張してみせると、ちょっとしたざわめきの後に少しずつ子供たちの列に変化があらわれる。ノイ君は「あっちのこわーいお兄ちゃん、みんなが遊んでくれなくて寂しいんだってー」なんて茶化しながら、コオリ君の方を指差した。
「なッ……別に俺は──」
「しっ! いいから!」
いつも調子で反論しそうなコオリ君を寸前で止めて「そうだよそうだよ! お兄ちゃん、みんなとゲームしたいってー」と調子を合わせた。
コオリ君の口はちょっとへの字になっていたけれど、子供たちが少しずつ自分のところへと流れてくるのを見て、こっそり息をついていた。
◆
そんなこんなでイベントも終わって、東京駅に特急電車が着いたのは夜の8時。
「今日はお疲れ様。助かったよ」
佐伯さんは柔らかく微笑み、みんなに解散を言い渡してから、先に山手線の方へと去って行った。これから会社に寄るらしい。本当にタフな人だ……。
おいちゃんも「俺ももう帰るわ」と手に持っている大きな紙袋を見て、優しい目になる。早く帰って彼女におみやげを渡したいんだろうっていうのが見え見えだ。
水戸駅であれやこれやと物色していた姿を思い出して、わたしの方までにやけちゃう。
「うん、お疲れ様!」
音符でも飛んでそうな背中を見送ってから、わたしはコオリ君の肩をたたいた。
「この後、少しだけいいかな?」
一瞬だけコオリ君は嫌そうに目を細めた。でもすぐにいつものフラットな表情になって「……いいですけど」とうなずく。
ノイ君が「あれ? ごはんでも行くの? 俺も行きたい!」と言ったけれど、わたしはそれを微笑みで制する。
「ちょっと二人で話したいから」
ノイ君は目をぱちくりとさせた後で「何それ、いつのまにっ!? 水くさいんだからぁ」と興味津々に食いついてきた。わたしとコオリ君をニヤニヤしながら交互に眺めて──完全にわかって言っているのが小憎たらしい。
「もう! そんなんじゃないって知ってるでしょ!」
わたしが声をあげる一方で、コオリ君は無言で目をそらすだけ。クールな対応である。
「とにかく、今日はここでね。お疲れ様、ノイ君」
「えーつまんないの。……まあいっか。じゃあ今日は帰って配信でもしよっかなー。さっきふくちゃんSNSアップしてたもんね。ネタにしていいんだよね?」
「もちろんいいよ! がんばって」
「ほーい」
にやりと笑ってから、ノイ君はキャップを深めにかぶり直した。手をひらひらと振って、疲れなんてないみたいに軽やかな足取りで去って行く。
家に帰ってから配信するなんて、ほんと体力あるな……。
「……ノイさんこの後配信するなんて、ほんとに体力ありますね」
「わたしもそう思うよ。あとノイ君って配信大好きだよね」
コオリ君はうなずく。その表情にどこか翳りがあるのには気づかないふりをして「さ、わたしたちも行こう。カレーとラーメン、どっちがいい?」とたずねた。
一人暮らしのコオリ君は、カレーとラーメンが大好物だ。
普段の食事は大学の近くの定食屋やコンビニで買ったものを食べることが多いらしいけど、時間とお金があれば都内のいろんなお店に出かけて行っていて、そのへんの情報にすごく詳しい。
……まあ辛党なだけあって、ほとんどは激辛メニューがあるようなところばっかりだけど。
コオリ君は数秒間沈黙した後で「豊福さん、インドカレー好きですか?」と尋ねてきた。
「大好き!」
わたしは元気よく答える。コオリ君は、かすかに……ほんっとうにちょっとだけ口の端を上げた。
最初のコメントを投稿しよう!