1、チーム配信!ステファンゲーミング!(挿絵あり)

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1、チーム配信!ステファンゲーミング!(挿絵あり)

 とある4月上旬の日曜日。浜松町駅からほど近い場所にあるスタジオの中では、スタッフさんたちがバタバタと撮影の準備をしている。わたしはその邪魔にならないように、壁際でその様子を見守っていた。  どこかの家のリビングがテーマだというスタジオセットは、観葉植物が置かれていたり、木製のオープンラックに雑貨が飾られていて、柔らかい雰囲気を漂わせている。その中央にある白木のテーブルには、水色のラインが入ったブルゾンを着て座っている男性が三人。 カメラが目の前にあっても彼らの表情はリラックスしたもので、いつものようにたわいもない話で盛り上がっている。みんな20代前半の若者なだけあって、薄くファンデーションを塗った肌はなめらかで眩しい、というより羨ましい。    ……っていやいや、そういうことじゃなくて。    夜8時58分を過ぎたところで、わたしはスタジオの壁にとりつけられた巨大なデジタル時計から目を離して、スタートの合図を待つ3人に声をかけた。 「もうすぐだよ!」  それをきっかけに3人は、ピタッとおしゃべりをやめてうなずいた。カメラマンの男の人が「はーい、じゃあ目線こっちで」と片手をあげると、その隣にいるスタッフさんが「はじまりまーす」と合図を送った。  時刻は9時ぴったり。  カメラがまわりはじめた合図のあとに、3人は「こんばんはー! ステファンゲーミングです」と声をそろえた。 bddfe5e6-3637-4708-8c63-aba433da6dfc 「カレーは甘口派!  NOISE(ノイズ)です」  左に座る無造作ヘアの男子がニコッと微笑む。明るい栗色の髪がキラッと証明に反射して、はじけるような笑顔からイケメンオーラが瞬いた。 「カレーは中辛派。らっきょうとの組み合わせが最強で至高だと思ってます。おいちゃんです」  次に、中央の男子がのんびりと主張する。タレ目が放つ優しげな印象の通り、話し方もゆったりだ。   「カレーは辛口以上じゃないと食べた気がしない。コオリです」  最後は右の黒髪男子。切れ長の目はまっすぐにカメラを見据えているけれど、無表情でそっけない。  あああっ! コオリ君てば! 顔! 顔がこわいっ!  わたしは慌てて「リラーーーーーーックス!」と口パクして、手を振ってみるけれど、気づくのは他の二人ばかり。特にNOISE──ノイ君の方なんて、吹き出して笑ってる。  そ、そんな変顔してませんけどっ!? 「いやマジでコオリが店で頼むカレー、いっつも真っ赤だもんね。よくあの辛さ耐えれられると思うわ」 「慣れれば美味しいです」 「いやいや……」  3人は、撮影が始まる前と同じような雑談で盛り上がっている。それがある程度まできたところで、わたしは今度は真ん中のおいちゃんに向かって手振りした。『早く進行して!』という意味だ。  おいちゃんはかすかにうなずくと「はい、じゃあ僕たちのカレーの好みの表明も終わったので、今日もステファンゲーミングの振り返り配信を始めていきたいと思います」とまとめた。 「じゃあ早速……昨日の試合は危なかったね!」  あっけらかんとノイ君がその後を引き継いで、コオリ君も表情かためのままうなずく。会話が流れはじめて、わたしはほっと息をついた。 ◆  わたし、豊福(とよふく) (りん)。27歳。仕事は彼ら三人のお守り──もとい、マネージャーだ。  明るい栗色の髪と人目をひくルックスを持つ『NOISE』。  いつも微笑みをたたえたような口元と優しい目をした癒し系の『おいちゃん』。  いつ何時でもポーカーフェイスの美人系男子『コオリ』。  彼らは『フェンリルの咆哮』というオンラインカードゲームのプロプレイヤー達だ。選手登録も、このPN(プレイヤーネーム)で登録している。  もちろんわたしは彼らの本名も知ってるんだけど、普段は大体こっちで呼ぶことが多いかな。  このゲームは、いわゆる王道のターン制カードゲームだ。  果てしない数のカードから30枚を選んで自分のデッキを作り、一枚ずつ引いて手札にしながら、相手のライフをゼロにするための最善の手を探す。  スマホでもパソコンでもできて、オンラインでの対戦環境も整っているから、全国にプレイヤーも多い。  その人気に後押しされるように4年前からプロチーム同士が争うリーグ戦が始まっていた。  わたしの勤めているステファンフーズ株式会社(冷凍食品とかレトルト食品を作ってる食品メーカー)が、突如チームを作ってプロリーグに参戦を決めたのが4年前。  総務部所属だったわたしは、このゲームを結構やりこんでいることが認められて(というか会社にばれて)、チームのマネージャーに抜擢されたんだ。  性格の全然違う3人だけれど、プロリーグ優勝への意識はそれぞれ高い。  わたしは、そんな彼らのサポート役。スケジュール管理や運営へのデッキ提出などの事務処理などをしているんだ。  今日みたいなインターネット配信をする時の付き添いも、もちろん仕事の一つ。昨日はリーグ戦だったので、今日はその試合のリプレイ動画を見て、三人で反省会をするという内容だ。 「この5ターン目で『炎の一撃』を出すかめっちゃくちゃ迷ったんだよね」  モニターにうつる昨日の試合の一場面を眺めながら、ノイ君がうなった。 「ここは『慈悲の微笑み』でも良かったですよね」  コオリ君が抑揚のない言い方でコメントする。  画面下部に並んだノイ君の手札は5枚あったけれど、あの場面で有効なのはその2枚だけという局面だった。  ノイ君は「そう! それね! 攻めるか、守るかのつばぜりあいだよ」とうなずく。  『炎の一撃』は相手にダメージを与える効果があり、『慈悲の微笑み』は自分のライフを回復させる効果がある。  制限時間ギリギリまで考えて、ノイ君は結局攻める方を選んだんだよね。結構自分のライフは削られていたんだけど、背水の陣って感じだった。それがなんとか功を制して勝った試合だ。  プロリーグの試合は、先鋒、中堅、大将と一人ずつ対戦していって、2勝した方が勝ちというシンプルなルールだ。昨日は先鋒のおいちゃんが負けてしまって、いきなり崖っぷちだったけれど、コオリ君とノイ君がギリギリのところで勝って、チームも勝利していた。  だから反省会中の彼らも、どこか明るい表情でプレイについてあーだこーだ言い合っている。和気あいあいとしているのが、このチームの魅力だった。 「視聴者数、もうちょっとで1000人いきそうだな」 「あ、佐伯さん」  3人の様子を見守っているわたしのそばに、気配なく近づいて来たのは上司の佐伯さんだ。このチームの監督兼責任者である。  切れ長の目をした端正な顔立ちは、少しコオリ君と似ているかも。でもコオリ君が現役大学生でどこかあどけなさが残っているのに対して、32歳の佐伯さんは完璧に落ち着いている。シルバーフレームのメガネは似合いすぎだし、声も低めで色気があるんだよね……。  おまけに彼自身も『フェンリルの咆哮』のプレイヤーのひとりで、実力は選手顔負けにうまい。たまにみんなにしているアドバイスの練度が高くて、尊敬しかない。普段の業務も結構忙しいはずなのに、いつ研究してるんだろう。  ちなみにわたしもプレイはしているけれど、彼らほど勝ち筋をうまくはたどれない。 「何かあったんですか?」  配信につきそうのはわたし一人のことが多く、佐伯さんが顔を見せるのは何か連絡事項があるときだけ。  メンバーの方も、佐伯さんの姿を見つけて、ちょっとびっくりしている。
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