04:すれ違う投稿者と編集者

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「来週、俺、来ないから」 「え、なんで?」  望月は驚いた顔をする。 「俺は編集するだけなんだから、撮影後のデータをもらえばいい。ここにいる必要ないだろ」 「それはちょっと無責任じゃないの?」 「は? おまえが勝手に決めたくせになんだよ。二人で仲良くやってればいいだろ」 「別に、僕たちはただの同僚なんだから、僕が黒丸くんと何しても関係ないんじゃないの?」  珍しく望月がトゲトゲしい言い方をしてくる。 「おまえ、何怒ってんだ。俺たちの関係は職場の同僚だろ、何が気に食わない?」 「別に……」  煮え切らない望月の態度に、大橋は言及するのをやめて、頭を抱えた。 「ほんとおまえさぁ、これからどうしていきたいの? 黒丸なんかとコラボしたら、マジでやめられないぞ。人気投稿者になるってことは、この先、ずっと動画のクオリティを維持していかないといけないんだぞ」 「大橋くんは……いつも動画のことばかりだね」 「当たり前だろ。俺はそのためにいるんだから」  むしろ、動画の編集を手伝うという理由があるからここにいられる。そう言いたかっただけなのに、望月は、ぎゅ、と唇を噛み締めて、ひどく辛そうな表情を見せている。どうしてそんな顔をするのか、わからない。フォローしようにも、今は何を返しても、売り言葉に買い言葉になりそうだ。 「俺、帰るわ」  大橋はノートパソコンの入ったトートバックと上着を掴んで立ち上がる。望月は反応することなく、大橋を引き留めようともしなかった。 「あとな、今日、撮影した動画、あれはダメだ。おまえが本調子じゃない。全然集中できてない」 「えっ……」 「どれだけ俺がおまえのこと見てきたと思ってる? それに閲覧者の中にも、おまえがいつもと違うことに気づくやつがいるだろう。余計な心配かけさせるな。来週、黒丸と撮影終わったらデータだけよこせ。そのあとまた撮影するかどうかは、おまえが決めろ」  大橋は望月の顔を見ることなく、それだけ告げて、返事を待つことなく部屋を出た。  結局、望月は大橋の言うとおり、動画を投稿しなかった。もともと、編集もしていなかったし、どちらにせよ大橋に無断で投稿はしないだろうとは思っていた。  そして大橋は、望月と会社ですれ違っても声をかけることはしなかった。小島が、なんとなく不自然な関係に気づいたようだったが特に触れてこなかった。そして望月もそれ以上大橋に近づいてくることはなかった。もともと望月とはお互いに意識しなければ接点がない。同期会でもなければ顔をあわせることもないかもしれない。これは二人の元の関係で、ただの会社の同僚に戻っただけのことだ。  週末になり、望月の家には行かなかった。自分の家にいると悶々とするので、外に出て、普段やらないバッティングセンターに行って、本屋にも行った。気を紛らわせていないと、落ち着かなかった。撮影する時間なんて知らなければよかったのに、今ごろ望月が黒丸と……と考えただけで胸焼けがした。ひとしきり街をブラついて、家に帰り、もう撮影は終わっているだろうなと思っていた頃、望月からメールが届いた。 『黒丸さんとのコラボ動画は作成しないことになりました』  内容はそれだけだった。中止の理由を聞く権利が自分にはあると思う。でも、それでも聞く勇気が持てなかった。撮影はしたのか、どうなのか。もしくは撮影のせいで、望月が嫌な思いをして、動画を作成することが中止になったのなら、話を聞いてやりたい。でも、もし撮影がきっかけで、二人がいい関係になってしまったのなら、その二人の動画を公表するのが嫌になったのかもしれない。あらゆる可能性が考えられて、余計に悶々として、返事すらしなかった。
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